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巡礼の旅

地震の起った後の混乱の中、私は「逃げるべきか、逃げざるべきか」という選択を迫られていました。

在日の外国人の人たちの中に起った様々な反応、それは日本人である私たちが考える以上に、鬼気迫ったものだったのです。

旦那さんの所にも、沢山の情報が流れ込んできました。

外資系企業の中には社員をひきつれ、関西へ一時退避した会社などもあり、関西空港は外国人で溢れかえってパニックのようになっていたと、その渦中にいた友人に聞きました。

友人知人も海外や、関西方面へ沢山の人が移動して行きました。

こちらにも、大使館からの「関東エリアからの退避」勧告メールに始まり、「週末にチャーター機が成田にくるので、帰国希望者はすぐに申し込みを」、そして最終的には「ヨード剤の配布」。。。

心の中では

「今の状態で即刻避難する必要はないのでは?」

と思いつつも、ここまで周りがざわめいていると、だんだんと追いつめられているような気分になってきていました。

ただ、それを決めるだけの「決定的な理由」というのがなく、「どうすればいいのか」と思考は堂々巡り。。。

ところが友人の一人に急遽、「放射能汚染」とは違う理由で関東を離れなくてはならない事情が勃発したのです。

私の中で、「決定的な理由」のスイッチが入った瞬間でした。

その数時間後には、家族で新幹線の中に。

友人は飛行機で九州に向かい、私より先に私の実家にたどり着き、久しぶりに戻った実家で私は、その友人に出迎えられる、という、妙なシチュエーションに、お互い笑い合い、無事にここで会えたことを心から嬉しく思いました。


でも、私たちは「九州に呼ばれた」ということを、その後の避難生活数日間で確信することになりました。

私とその友人は数ヶ月前から、「いつか一緒に、九州のご縁のある神社を巡りたいね」と話していて、3月の最終週にその計画を立てていたのです。

でも結局、お互いのスケジュールが合わず、「九州はまた次回にね」と、予定を変更したばかりだったのでした。

今ここに不測の事態とはいえ、二人そろって居合わせているという事は・・・

私たちは、すぐさま、その計画を実行に移しました。

この震災で亡くなった人たちの為に祈る事、そして、これ以上の悲惨な災害が起らないように祈る事、そして彼女に突きつけられた究極の難題が、解決するよう祈る事。

彼女の友人にも、この震災の慰霊と地震回避のために、日本全国を巡礼している人がいます。

私たちも、そのような「祈りの人」たちと心をあわせ、九州の神様に、お願いをしなくては、と。


初日は、宇佐市にある「宇佐八幡宮」へ向かいました。

子どもの頃、その隣町に住んでいた私は、何度か参拝したことはあったのですが、記憶の中には参道の砂利道の映像しか残っていませんでした。

ただ、その周囲の景色は昔の面影を保っていて、懐かしい子ども時代のいろいろな思い出が蘇ってきました。

広い参道の雰囲気は、伊勢神宮で感じたような、威厳のある、強いエネルギーを発しているような気が。。。

この、神社の「気」のせいか、スーパームーンの前触れのせいか、単なる疲労と寝不足のせいか・・・

その時の私はめったにない偏頭痛と、頭がもやもやとする感覚に襲われていました。

そして旦那さんは、鳥居をくぐった瞬間、突然

「○○姫・・・、なんだっけ、あの、お姫様の名前は・・・」と。

「もののけ姫?」

「違う!」

「あ、くくり媛?」

「そう、その人!突然その名前が頭に浮かんできた・・・」


ここに、菊理媛さまのエネルギーが満ちていたのでしょうか。


神社に参拝すると、蛇が出たり、雨が降ったりやんだり、龍雲をみたりする人たちの一行ですから、これもまた、何かのメッセージだったのかもしれません。

そして、私は神社の拝殿にある、菊の御紋を見た時に、

「ああ、よかった、帰って来た。」

というような、安堵感のようなものを感じたのでした。。。


着の身着のままの難民ような状態でここにたどり着いた私たちでしたが、ここには確かに神様がいらっしゃって、日本の国は古の時代から、守られてきたんだ、ということを、再確認しました。

本当に、美しい、日本人の心の結晶のような風景でした。

日本は、大丈夫だと、こんなことに負けるはずはないと、確信しました。

ここに来る事ができて、本当によかった。





翌日はお彼岸ということもあり、ご先祖様のお墓のお掃除へ。

不信心な私は、この一族のお墓に参るのは、20年ぶりだったかもしれません。

これだけでも、実家に帰ってきた意味があったのかもしれません・・・


次に向かったのは長崎の「諏訪神社」、そして「平和記念公園」

学生時代を過ごした長崎は、私にとって第二の故郷です。

本当に、ここで過ごした4年間は、人生の中でも本当に貴重で、楽しくて、美しい思い出を沢山残してくれました。

大好きな街、長崎。

ここに、家族と友人と、こんな風に訪れることがあるなんて。

夢はひょんな事から叶うものなのだなと、この街の不思議なエネルギーに、また改めて気づかされました。

友人の旦那様は、長野の諏訪大社に深いご縁のある人なので、彼をこの場所に案内できたということも、多分それはものすごく意味のあることだったのだと思いました。

そして私の人生の中で、とても重要な、道標のような存在であった人に、連絡がとれなかったにもかかわらず会えた事、

本当に、長崎は不思議な街です・・・


翌日は熊本の高千穂峡と、天岩戸神社、そして、ずっと訪れてみたかった、幣立神宮。

最後は、福岡の宗像大社。


数ヶ月前に、友人と「いつか全部まわってみたいね」と話していた場所に、この短期間の間に全部訪れることが出来たという事、これは本当に奇跡みたいな事でした。


日本の神様は、確かに私たちを見守ってくださっています。

深い緑に囲まれた神社のエネルギーを感じた時、古来から、自然は、私たちのとっての「神」であり、それによって生かされているのだ、ということを再確認させられました。

そしてそれと同時に、拝殿の奥にある鏡が象徴するように、「神」に祈るということは、自分自身を見つめるということ、「神」という存在は、自分自身の中にあるということの意味を、しっかりと理解しなさいと、そう言われた気がするのです。

「自然」=「神」を、わたしたちは杜撰に扱いすぎていました。

それは、自分自身を大切にしていない、ということと同じことなのです。

私自身、この災害で、自分の日常がもろくも崩れさる可能性というものをつきつけられたとき、何が自分にとって一番大切なのかということ、自分にとって「生きる」という事の本当の意味は何なのか、ということを、再確認させられました。

沢山の人の祈りが、きっと届くであろう事を信じています。

そして、私たちみんなが、自然(「神」)の一部である自分たちの役割を思い出し、これからの未来にむかって、力を合わせてすすんでいけますように。。。
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by kamakuraecolife | 2011-03-31 01:09 | 東日本大震災

荒波の中で目指すもの。

鎌倉に戻り、いろいろなことを考えました。

原子力発電所の状況は、決して改善しているとは思えません。

友人知人の中には、せめて子供だけでもと、家族が離れ離れになって疎開生活を続けている人たちがいます。

海外に一時退避した人たちも、戻るタイミングを判断しかねているようです。

ニュースから流れてくる情報に耳を傾けていると、どうしても頭の中には「最悪のシナリオ」がよぎるのです。

今ここにいることは、最善の選択なのだろうか。
もしかすると、別の可能性を探す、という選択もあるかもしれない・・・

そんな迷いが正直、頭の片隅に常に存在していたこの数日間でした。

それぞれがそれぞれの立場で真剣に、自分と家族にとっての最善の選択をしようと、今の状況を見守っています。

何が正しくて何が間違っているとかいうジャッジではなく、たぶんだれもがこんな状況をつきつけられたことはない初めての経験の中で、進むべき方向を手探りしているのでしょう。



最悪の事態を想定したなら、子供だけでも疎開させる、という選択もあるのかもしれない、それは常に頭から離れない、ひとつの選択肢ではありました。

でも、結局、今私は、家族とここにいることを選択しました。

私たちにとって、家族がばらばらになるという選択は、最後の最後の手段でしかないということ。

旦那さんは仕事をほったらかしにはできないし、

私も鎌倉でやりたいこと、やらなくてはいけないことが山ほどある。

何より、ここには友達がいる。

鎌倉で友達の笑顔を見て、話をしていると、ここには、これからの未来につながる希望がある、ということを、はっきりと確信したのでした。


九州へ向かう新幹線の中で感じた、人の怖れ、というものの呪縛から解き放たれた瞬間の感覚が、忘れられないのです。

それは人の「思い」というものの「重さ」を、物理的に、強烈に感じさせられた体験でした。

「負」は「負」の連鎖を生む。

そして、「正」は、「正」の波動を広げる。


今自分が前向きに、やるべきことをやっていける環境があるのなら、それが自分にとってのベストな選択なのだと、ようやく吹っ切れた気がしました。

ただ、もしも最悪の状況が起こったときには、冷静にそれに対応できる、心の余裕は常にもっていなくては、と心に留めつつ。


これは極論といわれるかもしれないけれど、人は生きなければいけない理由があるならば死ねないだろうし、死ぬ時がきたならば、どこに逃げようがそこから逃れることはできない。
自分に与えられた今の「生」を、ポジティブに捉えられなくなってしまったとしたら、それは「死」んでいるのと同じことなのかもしれない。

人によってその基準はそれぞれ違っているのだから、それぞれがそれぞれの判断を下すしかないのでしょう。

だれも自分と家族の命の責任はとってはくれないのだから。

今何が起きているのかということは、きっちりと把握しながら、判断を他人任せにせず。。。






そんな昨日の朝方、印象的な夢を見ました。


私は、濁流に飲み込まれようとしている一艘の、小さな船でした。

海は大きな渦を巻き、船は飲み込まれようとしています。

その時、男の人の声がしました。

「流れに乗る、ということは、流れに飲まれてしまう、ということではない。」

「濁流に飲まれたとしても、自分の進むべき方向を見失わず、最善の努力をしなさい。」


船は木の葉のように波間をゆれながら、せいいっぱい舵を切り、渦から逃れようとしていました。


目が覚めたとき、そうか、と、すごく腑に落ちたのでした。

「流れに乗る」ということは、怠惰な気持ちで、あきらめの気持ちで選択するものではない、ということ、それを忘れるな、と念をおされたんだな、と。。。


今の私にできること、それは、「原子力発電所はもういりません」という意思表示をしっかり示すこと、そして行動を起こすこと。

日本を、地球を、核の「死の灰」で埋め尽くそうとしているこの子供じみた「火遊び」を、志を同じくするみんなと力を合わせて阻止していく、ということ。

私たちはこれ以上、人の命を危険にさらして、一部の人だけに負担を強いるような不公平なエネルギーに頼った生活を、続けていくべきではないのです。

それにはいろんな犠牲が伴うかもしれません。

でも、もう十分すぎる教訓を、私たちは得ているはずなのです。

チェルノブイリの事故のように、永遠に終わることのないいたちごっこを、子供や孫や、そのまた孫の世代にまで強いるような無責任な失敗を、二度と繰り返してはいけないのだと、世界中の人が認識しなくては。



ペットボトルに詰まった水をみながら、「水の惑星」といわれた地球を、自分たちがどれだけ汚してしまったのかという事実に愕然とします。

こんなことはずっと前から警告されてきたことだったのに。

本当に、本当に、ごめんなさい。
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by kamakuraecolife | 2011-03-30 01:55 | 東日本大震災

私たちの置かれている現実とは。

この短期間の間に、いろんなことがありました。

本当に、この災害は多くの人々の「常識」や「日常」を覆すものであり、それはまだ終わってはいないのです。



私は一時九州の実家に避難をしていました。

旦那さんの国の大使館から2度、3度と退避勧告のメールがきたり、帰国のためのチャーター機がきたり、最後にはヨード剤が送られてきたり・・・

周りの外国人の人たちも、多くは国外へ一時退避するという状況の中、日本の政府や人々の対応とのギャップに、自分の判断基準をどこにもってくればいいのかと悩みました。

親しい友人たちは鎌倉に残る。

自分たちだけ慌てて逃げるように去ることに、意味があるのだろうか。

でも、もし万が一、突然状況が悪化したとき、娘をつれて移動することが果たして可能だろうか。
やはり、今行動した方が得策なのでは。。。

1日の間に、思考はあっちにいったりこっちにいったり・・・


結局、避難、という理由以外の目的が突如現れ、ある瞬間にぴったりとすべてのスイッチが入り、その日の夕方、家族3人、鎌倉を後にすることになったのでした。


駅から駅を走りながら、満員の最終新幹線に滑り込み、車両から溢れた人たちとともに、連結部の床に座って電車の振動を聞いていました。

私たちと同じように、避難先に向かう様子の人たちが沢山いました。

みんな、どんな思いでこの電車に乗り込んだのでしょうか。。。


大阪を過ぎ、ようやく座席に移動することができました。

そして、私たちの後を追うように、通り過ぎた静岡での地震の発生。

もしかしたら、本当にもう家にはもどれないかもしれない、なんていう想像が、頭の中でぐるぐると回っていました。

窓の外の、夜の街の風景をみながら、こんな非現実的な事態が自分の身に起こっていることが信じられなくて、悪い夢をみているような気持ちでした。。。


ところが京都を過ぎたあたりで、何か瞬間的に、空気の質がガラッと変化したのです。

呪縛から解き放たれたような・・・

張り詰めた空気が弛緩したような・・・


恐れや不安という人々の念が、いかに強力なエネルギーを持っていたのかを、その瞬間に感じたのでした。

そこから先には、私たちに今まで覆いかぶさっていた、窮屈な感覚が全くなくなってしまったのです。。。


深夜、終点の広島駅に着きました。

広島に住む友人の、「明日は幼稚園の卒業式なんだよね」というメールに、自分が今まで別世界にいたことをはっきりと感じたのでした。

そこでは、あの悪夢のような出来事が、まるで別の国の出来事であるかのようでした。


ただ、この日の終わりにたどり着いた場所が「広島」ということは、私には単なる偶然ではないような気がしたのです。

世界で唯一の被爆国日本。

その日本が、自ら建てた原子力発電所によって、自国の人々を被曝の危険にさらしているのです。

原爆で亡くなった人たちは、今、どんな思い出この現実をみつめているのでしょうか。

私たちは戦争から学んだはずのことを、「核」というものの恐ろしさということをすっかり忘れ、
そこから得られる利益だけを追い求めた結果が、この事故につながっていったのではないのでしょうか。


今まだ、緊迫した状況が続いています。

見えない放射線の恐怖と戦いながら、多くの人が危険にさらされています。

それでもまだ、国は原子力を推進しようと考えているのでしょうか。

私には、そんな人たちの頭が正常だとは、とても思えないのです。



一人ひとりが、私たちの国の未来を真剣に考えなくてはいけないのです。

もうそれが、本当に手遅れになってしまう前に。



小出裕章さん【原子力の専門家が原発に反対するわけ】

http://www.youtube.com/watch?v=4gFxKiOGSDk&feature=player_embedded
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by kamakuraecolife | 2011-03-29 03:05 | 東日本大震災

生かされていること

日を追うごとに、今回の地震がいかに甚大な被害をもたらしたのか、ということがはっきりとしてきた。

そして、これはまだ、始まったばかりだということも。

多くの人命が失われたこと、それだけでも信じられないくらいの人々が、どれだけの悲しみを抱えているのか、

そして、避難所で生活している人たち、帰る家を失った人たちが、これからどうやって生活の基盤を築いていくのか、

原発の問題もまだ現在進行中で、これから復旧までどれだけの時間がかかるのか。


生き延びている自分たちが、これからどうやって、この日本の国を復興させていくのかということが、私たちに与えられた役目なんだと。。。




自分は小学生の頃、世の中はなんて理不尽に出来ているのか、こんな世の中に生まれてきたことに何の意味があるのかと、生きる事になんの目的も見いだせずに悩んでいたことがあった。

できることなら死んでしまいたいと。

きっと、思春期の年頃ならば誰しもが通る道なのかもしれないのだけれど、その時の自分は、自分なりに、必死で答えを求めていたんだと思う。


そんなある日、今でも忘れられない、ある日の午後。

一人で塾の帰り道、うつむきがちに横断歩道を渡っていたその瞬間、

あるイメージが頭の中に突如現れた。


まるで、三面鏡の鏡に映ったような、連なる人間の影。


自分自身の前と後ろに、延々とつづく、人影の繋がりをみたのだ。

その瞬間に、理解した。

「死んでも、終わりじゃない」

ということを。


その時は理屈で理解したわけではなかったのだけれど、ただ、自分は今は死ねないんだ、
ということだけは、はっきりしたのだ。

生きなくてはいけない。

死ぬ事は何の解決にもならない、ということ。

それは、晴れ晴れとした感覚ではなく、ちょっとした挫折感でもあった。

逃げ場所はないのだ、と、つきつけられたようなものだったから。。。


それから歳を重ねて、輪廻転生、生まれ変わりの話などを聞いたとき、それはごく自然に理解できたのだけれど、そのかわりに、


自分が、「生きていかなくてはいけない理由」ということが、なかなかわからないままでいた。


大人になり、子どもができ、やっぱり自分の中で、どこかこの問題はずっと、心の隅っこにおしやられたまま、静かに存在し続けていた。




この地震によって、心を揺さぶられた人がどれだけいるだろう。

今までの常識が、まるで通用しないかのような、変わり様だ。


今、私たちが生かされていることに意味があるとするならば、それはこの状況をみんなで乗り越えるため、力を合わせていこう、ということなのではないのかと。

日本人が、この困難の中でも、協力しながら大きな混乱もおこさずに過ごしている事を、私たちはもっと誇りに思っていいのではないだろうか。

日本人の美徳、思いやりや協力という、この素晴らしい気質を、この困難な時にこそ、最大限に発揮できるのだということ。

私もまだまだ足りないことだらけの人間だけど、自分が生かされていることの意味を、今度こそもっと真摯に受け止めて、この現実を少しでもいい方向に変えていけるように、自分なりに努力をしたいと思う。



亡くなった方々のご冥福を心からお祈りします。

震災で傷ついた、沢山のひとたちが、少しでも早くその傷を癒す事ができますように。

日本の国が、そして生きている私たちが、この現実に圧倒されないよう、力を合わせて復興していけますように。
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by kamakuraecolife | 2011-03-14 15:18 | 東日本大震災

信じる事。

朝から、携帯の地震警報で起こされる。
とりあえず、外に逃げ出すこともなく一安心。

旦那さんは昨日から横浜で足止めされ、帰宅できなかったので、娘と二人きりの夜は少し心細かった。

我が家は海から数十秒の距離だから、とりあえず、貴重品をまとめて、すぐに逃げ出せるように玄関に置いておいた。

午後に旦那さんも無事帰宅。

とりあえず、買い物にいかなくては、と、自転車で家を出る。


週末は観光客でごったがえす、長谷寺周辺はほとんどひと気がみあたらなかった。
ほとんどのお店がシャッターを下ろした状態のまま。

由比ケ浜に沿って走る134号線も、人影どころかいつもなら渋滞しているはずの車がほとんど通らない。

海は、普段通りにキラキラと海面をかがやかせて、おだやかで美しい。

我が家も海のすぐ近くだから、テレビで津波の映像を見る度、
あれが、この場所で起る可能性だってあったのだと、でも、そうならなかったことの意味を考えてしまう。

あんなきれいな海が、津波となってすべてを流してしまうなんてことが、信じられない。


地震の二日前、旦那さんが引っ越したばかりのオフィスが15階にあることで、
「あそこにいる時に地震が起ったらいやだなぁ」と、しきりに言っていた。

同じ日に、娘が旦那さんの仕事場から、古い懐中電灯を見つけてきて、おもちゃにして遊んでいた。

これがなかったら、我が家は昨晩の停電で、ローソクの明かりしかない真っ暗闇を経験しなくてはいけなかった。

地震の起る日、何故か幼稚園の帰りにまっすぐ家に帰りたくなくて、いつもなら余りそういう強引なことはいわないんだけど、仲良しのママ友のお家にお邪魔していい?と、聞いて、結果、娘と二人きりで地震に遭わずにすんだ。

普段なら家に来ない?と誘うところなんだけど、なんだか、我が家の方向じゃなくて、内陸寄りの八幡さまの近くにある、彼女の家に行きたいと思ったのだ。

海近くの我が家で地震にあっていたら、動転して娘も怖がったかもしれない。

八幡様で、お友達と遊びながらしばらく避難していた私たち。
お友達のいる心強さに、救われた。


虫の知らせというには、大げさかもしれないけれど、
やっぱり、人は何かを感じるものなんだと思う。


自分の直感を、もっと信じて行動するということが、緊急時には大切なのかな、と、

停電で携帯も通じない状況で、正しい判断をくださなくてはならないとき、
やっぱり、自分たちにはそういう「感」がある事を信じて行動するべきなのかな、と。。。


そして私たちが今、普段と同じような生活をする事ができているということは、
私たちが被災者の人たちのために何かしなくてはいけないということ。

冷静に、物事を悲観せず、すべてはよい方向に向かっていると信じること。

信じて祈ること。

できる事ならその地にいって、直接手助けできる手段があればいいのだけれど、
子どももいる自分には、それは難しい。

今はただ、これ以上のことが起らないと信じ、ポジティブな気持ちをもちつづけ、被災者の人たちの状況が少しでも早く改善するように、祈りたいと思います。

世界中の人が、この困難な状況に祈りを届けてくれていることも、大きな助けになることと信じます。

災害の現場で、救援に携わってくれている人たち、
寒さと暗闇のなかで身を寄せ合っている人たち、

こんなことしかできなくてごめんなさい。

でも、心から、信じて祈っています。。。
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by kamakuraecolife | 2011-03-13 01:46 | 東日本大震災

東北・太平洋沿岸地震

起きて欲しくない事が起っています。

沢山の人の悲しみと、恐怖の気持ちを考えると、本当に、苦しくなります。


ここ鎌倉でも、震度4の揺れがあったのですが、娘とスーパーマーケットにいた私も、店内が突然真っ暗になって、その後に揺れ始めたので、急いで店の外にでました。

今まで感じた事のないような、大きな揺れでした。

まるで足元で大きな蛇がうねっているような、波打つような揺れが、かなりの時間続きました。

目の前の交差点の信号が消え、あっという間に道路が混乱し始めました。

看板や道路の標識が、おおきく揺れて、上から物が落ちてくるのではと思うほどでした。


停電は夜まで続き、かろうじてメールの通じた近所の友人宅に、電気が復旧するまで身を寄せさせてもらいました。

横浜周辺のビルの15階にいた旦那さんは、足止めされ帰ってこれませんでした。


でも、家族が無事で、お友達と連絡もとれ、屋根のある家で布団に入る事のできた自分が、いかに恵まれた状況であるのか、朝のニュースをみて愕然としました。


自分たちのおかれた状況を、冷静に見つめなくてはいけないのだと、

本当に、他人事ですまない、とんでもない状態にあるのだということを、冷静に、しっかり認識しなくてはいけないのだと。


地震の被害が明らかになるのと同時に、原子力発電所の放射線もれの情報も出始めました。

「想定外」を繰り返しているけれど、これだけ危険性があることのわかっているものに、どれだけの「想定」をしていたというのでしょうか。

これまでに起った事故も、すべて「起るはずのなかったもの」だったのに、起ってしまった。

今度こそ、私たちは原子力に頼らない、エネルギーの供給法を、本当に真剣に考えなくてはいけないのではないでしょうか。

大気や海に放射性物質を排出するということが、人や環境にどれだけの影響を与えるのかということを、利害を抜きにしてちゃんと考えて欲しいのです。

中部電力は、この事態の後でも、まだ原発の反対運動を無視して工事を続けるつもりなのでしょうか。。。

風向きによっては、今後もしかすると、広域の地域に放射性物質が拡散する可能性もあるかもしれません。

目に見えないものだけに、どうやってそれから身を守ればよいのか、それについての報道がほとんどないことも不思議なくらいです。

基本的にはなるべく距離を保つこと、曝露する時間を減らす事、とは言われていますが・・・


こんなことが役にたつかどうかわからないけれど、、、

昔、長崎の原爆投下があった後に、ある病院の院長さんが「味噌」をとることで、原爆症の発生をおさえたという話を聞いたことがありました。

もしかしたら、役に立つ事もあるかもしれません・・・


少しでも被害が少なく、そしてこれ以上の災害が再び起りませんように。

被災されている方々が、少しでも早く、安心して暖かくすごせるようになりますように。


今の自分には役に立つ事はほとんどできないかもしれないけれど、せめて、心から祈りたいと思います。


「祈る」ということが、自分にもできる、小さいけれど一つの可能性である事を信じて。
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by kamakuraecolife | 2011-03-12 11:38 | 東日本大震災

視点を変えると。

この間お友達と、いつものようにとりとめのない話で盛り上がっていた時。

「いや〜、もう、こんな悩みなんて、宇宙レベルでみたらちっっちゃいよね〜。」
「チリだよチリ、宇宙のごみ〜。」

なんて二人して大笑いしていた。


そのちょっと後に、個人的に余りよろしからぬ出来事があり、
最近、あんまりそんないや〜な気分になることもなかったから、
その自分の感情に結構驚いたりもしたのですが。。。

結構「が〜ん」という衝撃だったので、気分も一気に急降下。

「うわ〜、なんか、やだな、この感じ」と、洗濯物を干しながら、かなり動揺していました。

悪い想像は悪い結果を想定する。。。
悪循環の思考。。。


その時、ふと、頭の中にあの言葉が蘇ってきたのです。

「宇宙レベルでみたらさぁ・・・」

・・・その途端、思わず、「ぷっ、」と、吹き出してしまったのです。

自分の深刻なシチュエーションが、なんだか他人事のように、笑えてしまったのでした。


広大な宇宙空間に浮かぶ、小さな惑星地球。

そのまた小さな地球に、アリンコのように生きている私。

そんな私のちっぽけなこだわりなんて、宇宙空間の広大さの中では、とるに足らないチリみたいなものだ。

そう思った途端、なんだかそんなことに気をとられていることが、ばかばかしく思えたのです。


今までも、いやなことがあると「世界中には私よりも、もっといや〜な目にあってる人だっているんだから・・・」なんて、自分を励ましたりしてたこともあったけど、

比較の対象が「さらに悪い事」よりは、

「比較の対象すらも存在しない」

くらいに考えたほうが、さっぱりするんだな〜、ということに、
今更ながら改めて気づいたのでした。


ほんの3分前には、

「ひえ〜〜、ショック〜〜」

と、冗談じゃなく、地に落ちていた自分の気分が、
突然、目の前の快晴の青空のように澄みわたってきたこの素早い変化に、

「我ながら単純。。。」

と思いつつも、なんだかやけにすっきりして、気分も晴れ晴れ。

「悩んだところでしょうがねぇ〜♪意味がねぇ〜♪」


これは使える。

あの時さらに、仲良しのお友達とネタにして笑った、っていう、そのシチュエーションも良かった。

ちょっといやな事があっても、頭の引き出しにある、

「宇宙レベルで・・・」

って言葉とあの笑いが出てくれば、
気持ちがかたくなにちぢこまらず、するり、とほどけていく気がしたのでした。。。


そして今日も早速。

「ねぇ〜、この部屋の片隅のちらかりはいつ片付くのかねぇ・・・」
と家人にチクリ。

私の一番言われたくないツボの一つなので、

「そんなことわかってるよ〜!だ、け、ど、ね!!」と、とりあえずは反撃。

でも、ふと、「あ〜、こんなことにイラっとしてる自分、ちっちゃ〜・・・」
そう思った途端に、
なんだかどうでもよくなっちゃった。

(あれ、ここでどうでもよくなっちゃ駄目なのか!?反省すべきところ・・・?)

まぁ、何事も流していければいいのです。きっと。

人間は水。思考も水のようなもの。

止まって淀むよりは、さらりさらりと流れていきたいな、と。


何よりも、想像の中で宇宙空間の視点から、地球、そして自分を見下ろしてみると、こんな〜にちっちゃくて、ちまちま生きていて、なんて愛おしいことかと愛情すら感じます。


今日もそんなちっぽけな自分の、ちっぽけだけど、素敵な一日でした。

お友達に、家族に、感謝。
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by kamakuraecolife | 2011-03-11 01:23 | 日々・・・