カテゴリ:ドイツ生活( 4 )

繋がり。

そろそろ3ヶ月目にさしかかったベルリン生活ですが・・・
未だパソコン繋がらず。

ドイツのサービス、色々ときっちりしてるところと、えぇっ!という驚きの大雑把さとの混合で、まだその実態が把握できないのだけど、、、

インターネットの開設の申し込みからどれくらい月日がたったことでしょう・・・

一度設定のお兄さんが来てくれたのだけど、全く意味がわからず、「後は自分でやってね」とばかりに、さっさと退散されてしまい、結局、どうにもならず。

なんだかなぁ。

すっごく親切なパターンと、すっごくそうじゃないパターンと、なんか差が激しすぎる気が。

よく、お役所でのやりとりなんかも、「結局担当者次第、みたいな・・・」なんて耳にするけど、どうも、その担当者の気分とか、どれだけ相手と上手にやり取りできるか、というところで、物事がスムーズに行くかどうかが決まるらしい???

まだ謎ばかりだ・・・

でも、少しずつ行動範囲も広がり、人との交流も増えてきて、なんとなく、ベルリンの生活のぼんやりとした輪郭ができてきた気もする今日この頃。

こちらで会った日本人の人たちは、皆さんほとんど一様に、「ベルリンは住みやすい」と言っているので、きっとそうなんだろう。

インターナショナルな都会だから、そんなに驚くような違いが、他の都市と比べてあるわけでもなさそうだし、街は落ち着いた雰囲気だし。

とにかく、あと数日待てば、今度こそ本当にパソコンが繋がるはず。

また、ベルリンで色々思うことなど、つらつら書いてみたいなと思っています。
(なんといってもbio先進国、ネタはつきません・・・)


そして、あれから2年。

あの日を境に、自分を含め、たくさんの人々の人生が大きく変わっていった、震災の日です。

深いところでは、私自身の選択なんだろうけれど、(ということを、あの時から何度も、何度も、繰り返し確認させられました。)やっぱり、この瞬間に、何が起こっているのかということを、意識的には気づかずに過ごしている。

本当はね、パソコンと繋がらずに、自分自身と繋がらないといけないんだけれどね。。。

もうしばらくは、このツールの助けを借ります。

遠くない未来に、きっと多くの人にその必要はなくなる時がくるでしょう。

世界は広く広くひろがり、そしてすべてが自分の中にあるということに、今以上に多くの人が気付いたその時に。
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by kamakuraecolife | 2013-03-10 09:08 | ドイツ生活

ドイツひと月目。そして郵便事情。

ドイツ生活ひと月経過。
日本からの家財はまだあと1ヶ月ほど待たないと到着しません。

未だスーツケースとダンボールを家具がわりにした生活。
窓にはカーテンがわりに紙を貼り(笑)、食器は一式のみ。
包丁もないのでカボチャもペティナイフでカットしてます。
(包丁くらい買ってもいいと思うんだけど・・・)

でも、物が無いことに慣れてくると、いったいこれから送られてくる荷物が、本当にどれだけ必要なものなのか、と疑わしくなってきます。

家具といっても日本でほとんど処分したので、組立の小さな棚が数個と、そのままの形で届くのは小さな食器棚と本棚・・・くらいのはずなんだけれど。

100個を超えてしまったダンボールの中身は何なんだ!
あれだけ処分したつもりでいたけど・・・

届いたら、再度、断捨離です。


そうこうしているうちに昨日、沖縄から一足先に船便で送った家具が数個届き、ほんのちょっとだけ、キッチン周りがそれらしく片付いてきました。

なにせ収納の全くないアパートなので、あるものは取り敢えず、棚か箱かないと収まらない。

意気揚々とパッキングを開けて棚を組み立てて・・・思ったのですが、このヨーロッパの広い空間のお部屋には、無印良品の華奢な(繊細な)家具が、えらくか細く(貧弱に・・・いや、失礼)目に映る、という事実でした。

同じ組立式で同じ値段でも、IKEAのどっしりして、「え~い、なんでこんなに重いんだ!もうちょっと軽量化できないの!!!」と運びながら悪態をつきたくなるような家具は、やっぱり見た目しっくりくるのです。
(でも、やっぱり重いのは運ぶのが大変だし、木ももったいない!?ので、重い家具、大きい家具はもう二度と買わない!)

ドイツのがっしりした体格の人たちや、大きなサイズのいろんなものに目が慣れてきたからなのでしょうか?

ここでは、ベビーカーも巨大だし、天井も高いし、(ようやく、旦那さんはいろんなところに頭をぶつける心配をせずに生活できるようになりました・・・)道も広いし、人も大きいし・・・

日本のちまちましたモノって、日本ならではなんだなぁ、と、しみじみ。


とにかく、荷物が届いてから、本当に必要なものだけ購入しようと決め、無いものは無いと割り切ってやりくりするのにも慣れ、物が少なくてむしろ快適な生活。

しかも消耗品を買うお店は沖縄の時とちがって、近所にいくらでもお店があるので、無くて本当に困る!というものはそんなに無いし。

ただ唯一、

日本語の本が無い・・・

というのは、結構困っています。。。


来る前にいくつか買いだめして到着を楽しみにしている本もあるけれど、それを読み終わったらどうしよう~。

もちろん、Amazonとか、通販で買えたりもするんだろうけれど、送料もったいないしな~。

英語の本・・・

英語力鍛えるためにもいいかと思うけど、なんか、本読むときくらい日本語に浸りたい。。。

子供にも、もっと今のうち、日本語の本たくさん読ませてあげたいのだけど。


今度、親に頼んで、ネットで購入したものをまとめて送ってもらおうかな。


ただただ、要注意、ドイツの税関、郵便物チェックはかなり厳しいので、やたらと物を送るのは危険です。

沖縄から送った荷物も、結局足止めを食ってしまい、悪名高い(?)郵便倉庫・・・というのでしょうか?要は「内容物チェックが必要」と思われてしまった小包などを保管し、本人に出頭(まさに、出頭という雰囲気)させてようやく発送してくれる、このシステムに引っかかり、ひと手間ありました。。。

最初、旦那さんの会社からの荷物で「お呼び出し」くらった時は、全然状況がわからず、家族で郊外におでかけがてら行ってみたら・・・

町外れの、それも駅から遠い、味もそっけも飾りもない、田舎の役場みたいな場所の、待合室で3時間・・・

日本とドイツでしかありえないであろう(多分)この、シーン、とした待合室の雰囲気。

みんな、ひたすら静かに座って、自分の順番が来るのを待っているのです。

私は、ひたすら娘と、かろうじて部屋の片隅のテーブルに用意されていた子供用の塗り絵に没頭して時間をつぶし、いつ終わるともしれない沈黙の時間を耐えました・・・

その時はクリスマス明けだったのでさらに状況が悪く、それで3時間も待たされたようなんですが、淡々とした雰囲気の中、結局、単なる会社からの書類だったのに、なんだかんだと理由をつけられ、数万円の送料にまで関税をかけられ、ようやく放免。

・・・送料にも税金?

ドイツの人に聞いてみたけれど、彼らにもこのシステムは謎のようです。

親族からのプレゼントだってなんだって、何でも「運が悪ければ」引っかかる。

「あんな町外れの殺伐としたところで、みんな文句もいわず待って、税金払わされて・・・文句言う人いないんですか?」と聞くと、

「そんなことしたらまた別の部署に回されてさらに時間もかかるし雰囲気も悪くなるし・・・。」と。

こういうところ、もしかしたら日本人とドイツ人(日本のシステムとドイツのシステム)の共通点だったりして。


沖縄からの家具は、「引越しの為に送った、中古の家具」を証明するために必要と思われる書類をすべて持参し、中身を開封して表記と違いのないことを確認して、無事支払いも無く通過。

よかった~・・・

でも、「この家具は、これから1年の間は絶対に売ったりしないように!」
と釘をさされたそうです・・・
だから・・・転売目的じゃないってば~!!!

あんな遠くまで行って待たされた挙句、高い送料払って(内容物と大差無し!)送った荷物にさらに関税なんてかけられた日には、もう、黙っちゃいられません!

少し前に日本人の演奏家がストラディバリウスをドイツの税関で没収され、おっそろしい関税額の支払い請求された問題があったけれど、ドイツ、甘く見てはいけません!

きっちりしてるのはいいことだけど・・・融通、という言葉は、ないのかもしれません・・・


しかし、届いた荷物にはいくつものダメージがあり、ああ、やっぱり日本のような丁寧な配送サービスは望むべからざる、との教訓も得ました。。。
(まぁ、国際船便の長旅だから、仕方ないのかもしれませんが。。。)


もうひと月、まだひと月。

これからどんな発見があるのかなぁ。

楽しみなような、ちょっぴり心配もありな・・・




すっからかんの、借り物テーブルと椅子に裸電球のお部屋。(キッチン)

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by kamakuraecolife | 2013-01-26 01:47 | ドイツ生活

新年に思うこと

2013年の年明けです。

オランダ、アムステルダムのお義姉さんのアパートで、街中に打ち上げられる新年の花火を見ながら新しい年を迎えました。

振り返ってみると、結婚してからの8年の間で、日本で新年を迎えたのは半分しかないということに気づきました。

オランダの新年の花火をみるのは3回目、一度は飛行機の中で。

自分の中にあった、「家族でこたつに入って、紅白歌合戦をみて、行く年来る年の除夜の鐘の音を聞く」という、お正月の風景が、いつの間にか遠い昔の習慣になってしまっていることを、ちょっぴり寂しく感じながらも、時代と、自分の環境がこれだけ変わったのか、と感慨深かったり。

7年の人生の中で、半分以上のお正月を日本の外で(去年は沖縄だったので、ほとんどお正月らしい雰囲気は全くなく過ごしたし・・)過ごした娘には、きっとこの「日本のお正月」の習慣は、全く伝えられていないんだなぁ、ということが、残念な気がしないでもないけれど。。。

爆竹の音と、夜空に光る花火に彩られたアムステルダムの新年。

どんな一年になるのでしょうか。

また、移動の多い・・・?そんな予感も。


慌ただしい移動が始まった一昨年の秋から、2012年の一年間、どれだけの距離を自分は移動してきたのかな、と、考えながら、場所が変わったことで変わったことがどれくらいあるのだろう、と思い返してみました。

こちらに来て、「日本からヨーロッパに住む場所が変わるというのは、すごい変化だったでしょう?どう感じているの?」と何度が聞かれたのだけれど、その度に、

「特に・・・自分の中では変わりがないのだけれど・・・」

という、面白みのない答えしか出てきません。


その質問に向き合ってみて気づいたこと、それは、日本にいると次から次に出てくる、「あれをやらなくちゃ」「あれをやりたい」という、欲求が(今のところ)無くて、とてもニュートラルな状態のように感じているということ。

とにかく、今は帰省の旅行中でもあるし、ドイツの家に戻っても2月半ばまで家財は届かないので、身の回りのものはスーツケース1個分の荷物でまかなわないといけないし、なんとなく、腰を落ち着けて物事を始める、という気分が全然湧いてきていないから、なのかもしれませんが。

新しい場所で何か新しい事を始めてみよう!というエンジンがかかるまで、つかの間の時間かもしれないけれど、頭と気持ちをリセットして、ゆっくり歩き始めようかな、と思います。

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by kamakuraecolife | 2013-01-02 22:32 | ドイツ生活

Berlin!

沖縄を発ったのがちょうどひと月前。
そして、今はドイツ、ベルリンの空の下。

この激動の一ヶ月は何だったのだろうか、というくらい、今はシン、と静まった部屋の中。


沖縄のアパートの引越しもドタバタで、鎌倉に戻ってからの家の片付けもドタバタ。

まるで逃げるように日本を後にして、ここ、ベルリンにたどり着いたのでした。


気がついたらマヤ暦の終わりの12月21日の日付となり、2012年もあと1週間で終わり。
なんて盛り沢山な、移動の多い、2012年だったことでしょう。

ただ、外側の喧騒とは別に、自分の中では、どこか淡々とした、静かな時間が流れています。

どこかのタイミングで、起こることのすべては、ふさわしい時に起こる、という事に納得させられたようなので、物事に振り回されている感じではなく、ただ、やるべきことをこなしているような、何というか・・・与えられたことを受け入れているというか。

余り先のことは考えていないのです。

ただ、今目の前にある、やるべきことに向き会う、という感じ。



ベルリンに向かう飛行機の中で、日本の選挙の結果を新聞で見ました。

日本の未来に対し、暗澹とした気分になりつつも、そこに確かにある、希望の光も見ました。

私は、たまたま(決してたまたま、ではないのだけれど)日本を離れる事になり、国の外からそれを目撃することになるのかもしれないけれど、これから日本という国が向き合う現実は、きっと今まで私たちが経験したことのないものになるでしょう。
(もちろん、日本だけではなく、世界でおきるすべての事も含め。)

311の後だって、そうだったはずだけれど、まるで何もなかったかのように振舞う政治家や、マスコミのマインドコントロールは、確実に、真実を覆い隠してしまっています。

いいことも、悪いことも。

自分で感じたように行動するという、生き物としての本能を、どこかで忘れないでいなければ、この国では迷子になってしまう。

頭で考えても、理論的に考えても、ハートがついてこない答えには騙されないように。


ごくごく、当たり前の感覚さえ、麻痺させられてしまうこのゆるやかな洗脳から、どれだけ多くのひとが目覚めていけるでしょうか。

私の周りの人たちは気づいていました。

それでも、どこか諦めている人たちもいました。


どこにいるから安全とか、そういう問題ではなく、(いえ、それも、本気で感じ取って欲しいことの一つなのですが。)自分が「正しい」と感じるその感覚を信じて、そして、現実の行動にうつして欲しいのです。


自分がこの時期に日本を離れる事になり、このベルリンという、思いもよらない場所に来ることになったのにも、ちゃんと訳があるのでしょう。
私が、向き合わなくてはいけない事がここにあるから。

みんなそれぞれが自分のこの人生でのテーマを持っていて、それは誰にも責任を負わせられない事なのだけれど、「自分で責任を取るしかない」ということを、知っているか知らないでいるかで、この先の生き方は大きく変わっていくでしょう。

素晴らしい未来像を目の前に描けるかどうか。

全ては自分次第ということを知ったなら、もう迷う事はないでしょう。

決めるのは、ほかの誰でもない、自分自身なのだから。

自分もそれをほんとうに、理解していればいいのだけれど、と思いつつ。


ベルリンの街に響く鐘の音を聞きながら、日本にいるみんなの顔を思い浮かべています。
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by kamakuraecolife | 2012-12-22 02:02 | ドイツ生活