カテゴリ:日々・・・( 24 )

秋には音楽を。

秋は音楽が似合う季節。


このあいだから、フィッシュマンズにはまってしまい、ついにはDVDまで!購入してしまった私・・・

このところCDはおろか、DVDなんて・・・実は買ったのは初めて!という私、そのはまりっぷりは半端じゃない。

だけど、youtubeでライブ映像をみて、なんだかこう、もっと彼らの音楽を生演奏の感覚で聴きたい~!という欲求が抑えられず。
ボーカル佐藤くんの歌は、もうライブじゃ聴けないしね。。。

しかし・・・DVDをパソコンで再生してると、ちょこちょこ音が途切れる。。。
これはいただけない!だったらyoutubeで見てた方がよかったじゃん・・・って、ちょっとがっかり(涙)
パソコンの容量のせい?
原因はわからず。

・・・いつかDVDプレーヤー買って、きっちり再生してもらおう。


だけど、やっぱり歌っている佐藤くんはいいね!
あのタコみたいな動き、最高。
あの、放心したような、集中しているような、彼の独特のたたずまいはなんだか、人事とは思えない親近感を感じてしまう。

そして前から薄々気付いていたんだけれど、
誰かに似ている、この風貌。

そうだ・・・

私が中学高校と片思いしていたIくん・・・

見ればみるほど、共通点が。

あ~、なんだか益々切なくなってきた。。。おっと、これは感情移入しすぎだ。


ある意味、あの時期に彼らにどっぷりはまっていなかったことは、精神衛生上はよかったのかも。なんて・・・

まさに、同じ時期に下北沢に住んでた私、ひょっとしたらすれ違ったこともあったかもなぁ・・・

とか、下手に親近感持ちすぎてたら、佐藤くんの死を受け止めるのは本当にしんどいことになっただろう。

しかし、彼らの音楽は、あの下北時代と色々シンクロしていて、懐かしさひとしお。

90年代、下北、私の青春第2幕(笑)



というところでふと思い出したもう一人の音楽家。下北在住の。

クラシックのピアニスト、フジコ・へミング。


そうそう、多分、この人こそまさに、すれ違った事があるはず。

あの、NHKの特集で有名になる前、下北の駅の脇の歩道ですれちがったあの女性・・・

下北には独特な風貌の老若男女がうようよしていたから、ちょっと変わってる、くらいだとそんなに印象に残らないんだけれど、

テレビでフジコさんのいでたちを見たとき、「あ!あの時の!」って、思い出した。

独特の衣装(というか、普段着なんだと思うけど。)と、ちょっと得体の知れないオーラを発するあの風貌。

それにしてもあの番組、詩的でよかったなぁ。

その後すぐ、というか多分あの番組と前後して、彼女は一躍有名人に。


私も、数年前にコンサート、言ってきました。

あ、フィッシュマンズ~とか言ってますけど、実のところ私の音楽の趣味はホンと節操なし。

クラシックも大好き~。

昔は・・・ピアノ習っていたりして・・・挫折したクチですが。


あれは確か11月とか12月とか、秋の夜の演奏会だったかな。

コンサートホールに急ぐあの、秋の夜の東京の風景が、なんだかとても鮮明に記憶に残っている。


そして、フジコさんの演奏、すばらしかったです。

クラシックのコンサートは始めてじゃなかったけれど、彼女の人となりがあらわれた、独特の雰囲気のコンサートは、とても特別な感じがして、感動もひとしお。

ピアノの音が、ひとつひとつ真珠のような玉になって、会場中に飛びちっていくのが見えました。

音のシャワーとでも言うような、キラキラとした光が、本当に見えた(気がした)。。。

なんだか、心の芯に届く音。

そして、記憶の中にある、感情のひとつひとつがその音に反応して、共鳴をはじめて・・・

理由はなく、ただ涙が流れてしまう。

「心が洗われる」というのは、こういう事なのかな。。。



その1,2年後、別のコンサートホールで再び彼女の演奏を聴きました。

その時、みんなの注目の的になっていた一人の男性が。


開演前にホールの外で、まるでオペラ歌手のような大声を張り上げ、近くにいる人に絡んでは、ひっくりかえったりしている酔っ払いのような男性・・・

その男性は、「フジコはおれの姉だ」と。

周りの人は絡まれないように、なるべく彼に近づかないように、ちょっと遠巻きに見ていましたが、結局、ひっくり返って起き上がれなくなり、開演直前に付き人のような人に車椅子に乗せられ、退席。

みんな、心の中で、「ホントに弟!?」とか、「あの状態でコンサートホールに入って大丈夫なのかなぁ・・・」と、思っている雰囲気がありありと。


そして、演奏。

フジコさんのピアノは、前回よりも大きな会場だったからか、もっと、力強く感じられました。

どちらかといえば、前のときのちょっぴり「プライベート」っぽい、リラックスした雰囲気のほうが私には感情移入しやすかった気もするけれど。

それと今回は、演奏中、心の片隅で、あの、彼の、「おなかの底から発せられた野太い声」が、どこからか聞こえてくるんじゃないかと、内心ヒヤヒヤしてたのもあり、ちょぴり集中できなかったというのも事実・・・


しかし演奏は滞りなく終了。
彼はホールにいなかったのかな?と思ったその瞬間、

「ブラボー」

と、フロント席からあの怒声のような声が。


いたんだ・・・


でも、演奏中は、静かにしてたんだ・・・



結局、彼の素性はそのときは判らずじまいでしたが、後でなにかの情報をネットだかで目にして、どうも彼は本当の弟さんらしいと・・・

昔、声楽をやっていた弟がいる、という事が書かれていて、そうだ、あの野太い声は、声楽でもやっていないと出せない声だと。

がっしりとした体格と、どこか日本人離れした顔立ち、血のつながった弟さんだったのかな。


それにしても、彼女の寛大さというか・・・

有名になって、もしもあんな風に公衆の面前で暴れだすような身内がいたとしたら、普通出入り禁止とかにしちゃってもおかしくないんじゃないかな、と思うのだけど、

そこを彼女はありのままに、ただ普通のことのように受け入れていられる人なのかな、と、その人柄に、人間的な懐の広さを見せられた気がしました。

多分、彼女はそういう人なんだろうなと。

インタビュー記事なんかを読んでも、彼女がどんなに有名になろうと、変わらない、人として全うな感覚をもち続けていることに感動させられます。

あるインタビューで語っていた言葉、

「今は困っている人が本当に世界中にたくさんいる。
自分が1万円もっていたら、そのうちせめて千円でも、その人たちのために役立てなくては。」

有名になる前は、本当にお金がなくて大変だった、とも言っていた彼女。

これは彼女の本質なのでしょう。

人間って、いいな、と思います。


そして、音楽って、やっぱりいいな。

人の心をふるわせる、「音」の不思議。

記憶の中に、細胞の中に、その「音」が触れた瞬間に生まれる「感情」。

この「音」を紡ぎ、「音」を奏でることのできる才能を持った人たちを、心から尊敬します。



もし今度生まれ変わったら、音楽にかかわりたいなぁ~。音楽の才能が欲しい~。聴くだけじゃなくって・・・
(あれ、ピアノ自分から止めたんだった、私。)



引越しの片付けの側、しばらく音楽を楽しもう。

側・・・になっていない現状だけど。。。(やばい・・・)
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by kamakuraecolife | 2012-10-31 01:11 | 日々・・・

放浪のとき

沖縄に秋風がふいています。

秋風は、旅心をくすぐります。


学生時代は夏休みが長くて、8月と9月がまるまるふた月お休みだった頃から、旅行にいくなら旅行シーズンが終わった9月。

社会人になってからは、海外旅行のチケットが安くなる10月中旬以降が私にとっての旅シーズン。

だから、この秋風は、たまらなく旅心をかきたてるのです。。。



これまでいろんな場所を一人で歩いてきたけれど、誰も知らない、誰とも会話をわかちあうことのない、孤独な一人旅はなぜか美しい思い出で溢れている。

あれはいったい何なのだろう?

寂しさでもなく、人恋しさでもなく、なのに何を求めて歩いていたのだろう?
あってないような目的地を目指し、ただ、歩き、移動を続ける日々。

しらない街の、夕暮れのバスに乗り、家路に急ぐ人たちに混じって、いったい自分はどこに向かっていたんだろう。


人気のないシエスタの時間、あわいパステルカラーのペンキがほとんど剥げ落ちてしまった、白い壁の家々が並ぶスペインの田舎町の路地。

風は冷たいのに、日差しはジリジリと焼けつく、季節はずれの閑散としたスペインのリゾートビーチで、何の予定もなくひとり寝転がってうたたねしながら聞いた風の音。

めまぐるしく風景が移り変わり、息を呑むような色の変化の美しさにみとれて、時間を忘れてしまったコスタ・デル・ソルの車窓からの景色。

深夜の真っ暗な道路を失踪する、バスの窓から見上げた異国の星空。

帰り道がわからなくなって、迷路のような路地を泣きながらさまよったモロッコの海岸の街。

何度も同じ道を、毎年のように歩いているのに、何故か目的の場所にたどり着けない石畳のパリの街。

顔が隠れてしまうほど大きな木の葉が舞い落ちる、冬支度を始めたオランダの町外れの公園。


いろんな国の、いろんな風景が、秋の風の気配とともに、よみがえってきます。


旅をする理由、それを聞かれても、よくわからない。
だけど、あの時の自分は、旅をせずにはいられなかった。

怖いこととか、面倒なことだって色々起こって大変だったりもしたのだけれど、
なんだろう、日常で起こらない出来事があることが、その瞬間に「生きている」、生々しい感情を体験できたからなのかもしれない。

そして、何より、「見たい」「感じたい」という欲求が、自分を先に先に進ませていたのかもしれない。

まだ見たことのない、美しい風景を。

まだ体験したことのない、自分の中にある感情を。。。



30代になったばかりのころ、知り合いの写真家が作品にするため、友人たちの写真と、小さなインタビューを集めていた。

私もそこに参加したのだけれど、その時の質問に

「10年後の自分はどうしてると思う?」というものがあって、余り考えもせず、

「世界中を旅してるとか・・・どこか違う場所にいる」みたいな事を答えた。



その1年後、仕事を辞め、今の旦那さんと再び、世界中のいろんな場所を旅していた。

そして今、何故か思いもよらず沖縄に住むことになり、

そして2ヵ月後には、今度は国境をまたいで生活の場を変えることになった。



人はだいたい、無意識の中で自分の未来をある程度はわかっているんだと思う。



もっと記憶を遡っていくと、学生時代につけていた日記帳に「未来の夢」みたいなものを書いていて、その当時、卒業後にやってみたいことを、とりとめもなく箇条書きにしたページを10年後に見つけた。


自分でも驚いたのだけれど、ほぼ、やりたいこと、それに限りなく近いことをすでにやっていた。
ひとつ全然叶っていないものがあったけれど、それは
「お花屋さん」(笑)


「夢」は見るためにあるのではなく、実現させるためにある、なんて言う言葉を若い頃よく聞かされていて、「そうは言ってもね~」なんて思っていたけれど、これは本当の事だったんだなぁと、その時しみじみ感じたことを覚えている。



そして先日、父が電話口で言った言葉に、ここにもまた一つの答えが。

父は私の海外引越しを冗談交じりに皮肉り、

「そんな、放浪者みたいな生活をして。お父さんが言ったとおりの人生になってしまったじゃないか。」

と。


それを聞いて、そうだよ、お父さんが「言ったとおり」になってしまったんだよ、と、私は心の中で繰り返した。

お父さん、それはもしかしたら「言霊」だよ、とうっかり言いかけて、父の気持ちを逆撫でするかと思い、やめた。


思いは実現するし、言葉も真実になる。

父は、私の風来坊的な素質を親目線でみて、心配してそう言っていたんだろう。

だけど、それを繰り返し耳にしていた私も、その言葉を体現する「刷り込み」をされていたのかもよ、お父さん。

相乗効果抜群。(笑)


子どもに言葉をかけるときは、本当に気をつけないといけません。
その一言が、子どもの人生を左右することになるかもしれないから(笑)

自分の子どもにはせめて、「やりたいと思ったことは、何でも実現できるから。それは真実だから。」と伝えてあげたい。

いっぱい夢をみてごらん、と。

そして、できるだけ親の先入観と価値観を押し付けないように・・・(難しいけど。)



自分に関することは、薄々、自分でもわかっている。

自分が、ひとつの場所にいられない性分(運命?)だってことは、ずいぶん昔から。

女の子の「仲良しグループ」にもなじめなくて、いつもクラスでどこにも所属できずにいた事、

自分で決めたわけじゃないけれど、転勤や引越しで同じ場所に5年以上腰を落ち着けたことがなかった子ども時代。

それに、単純に、一人でいるのが好きだった。

友達といるのも好きだったし、接客業はある意味、自分の天職だと思えるくらい、人と接することが大好きだったけれど、一人でいる時間は、自分にとってなんと言うか、特別な時間だったから。

旅に出ると、本当に、芯から「一人」を体感できる。

一瞬一瞬がただ一人の「素」の自分だけ。

それは孤独じゃなくて、。。。



そして、先日、5年ぶりくらいにネットのサイトだけれど、「オーラソーマ」の診断をやってみたら、最初に出てきたカードが、これ。


「ワンダラー・放浪者」


ダメだしですね。109分の一の確立で、このカード。


自分の魂のキャラクターは、どこで決まったのかは判らないけれど、どうにもこうにも変えられないもののようです。



そういうわけで、多分、来月には、沖縄を離れます。

この夢のような時間を与えてくれた人たち、そしてこの美しい土地に、心から感謝しています。


今自分は、「地球が自分の家」だと思っているから、どこに住んでも多分、何かが大きく変わることはないでしょう。

数ヵ月後、数年後、何の予定もないけれど、ずっと心のなかにある「ビジョン」と、「感覚」が、どこかあるべき場所に自分を導いてくれるのだということを、知っているから。


さて、荷物の整理を急がなくては。


まだ見たことのない、美しい風景を求めて、心の体験を求めて。

まだまだ人生の旅は続くようです。
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by kamakuraecolife | 2012-10-23 13:33 | 日々・・・

フィッシュマンズ。

この二日間ほど、ずっとフィッシュマンズを聞いている。

なぜだか突然、フィッシュマンズが聞きたくなって、you tube で検索したら、出るわ出るわ。

余りyou tubeを日常生活に活用してるほうではなかったけれど、動画がこんなに見れるとは。知らなかった。
便利だなぁ~・・・と、今更ながら。


フィッシュマンズの音楽との出会いは、私が長崎で学生生活をしてた頃。

友達がFMでDJをやっていて、その友人のセレクトした曲がラジオから流れたとき、初めて聞いたんだったかな・・・

なんというか、あの、独特の脱力感と、でもなぜかしっかりと心に刻み付けられるリズムのギャップが印象的というか、心の中に余韻が残る、心地いい音だな~と。

当時からテレビは見なかったし、音楽はいつもラジオで聞いていたので、私にとっては時折ラジオから流れるフィッシュマンズの曲が、日々の生活のバックミュージックとして溶け込んでいた。
多分、あの頃長崎のFMでは、結構頻繁に流されていたんじゃないかな、という気がするんだけど。。。

ものすごく熱心に聞いていたわけじゃないけど、いつでも身近にそこにある、気持ちのいい音。

それが、私にとってのフィッシュマンズの音楽だった。



そして、ある夏の終わりの海岸にて・・・

そのフィッシュマンズのライブが、長崎で行われた。

調べていたら出てきたんだけれど、1993年、8月29日、長崎の田子の浦海岸での、フィッシュマンズにとっては九州初のライブだったと。

これが、私にとっての最初で最後のフィッシュマンズのライブ。

そして、数少ないライブ体験の中ではあるけれど、これは私にとっては最高のライブだった。

今でもずっと、あの海辺のステージと、周りの空気に溶け込んで流れていく、フィッシュマンズの演奏が、こころの片隅にしっかりと刻まれていて、思い出せばいつでもリアルにそのライブの情景が再現される。

それはそれは、本当に素敵なライブだった。


8月最後の週末だったかな。

ちょっぴり、夏の終わりの空気の漂う海岸で、砂浜の上にやぐらのように組まれた小さなステージで、彼らは演奏していた。

観客は、砂浜に座ったり、ねそべったり、好き勝手な場所で自由に、彼らの音楽と波の音を楽しんでいた。

私も、友達が仕事をしていた、ステージからは少し離れたFM局のブースの近くで、のんびりと演奏を聴いていた。

仲良しの友人と、彼女の付き合い始めたばかりのDJの彼と(笑)、FMにいる友達と、音楽関係者の飲み友達と・・・
青春の一コマ(笑)。幸せで、楽しくて、時間も今よりずっとゆったり、豊富にあった時代。

ほんとに、フィッシュマンズの音楽が、いろんな意味でこのシチュエーションにぴったりだったんだ。。。


彼らがどの曲目を演奏したとかは、全部をはっきり覚えていないんだけど・・・

「Future」と「頼りない天使」は、すごいいい演奏ができたと、ベースの譲さんのコメントが残ってあった。


演奏が始まったのは午後3時か4時頃。

ちょうど、日差しが夕方に向かって、やわらかく変わっていく時間帯。

波の音と、海風と、潮の匂いと、音楽。

そのうちだんだんと、日が暮れて、潮が満ちてきて、ステージの下まで波が寄せてきた。

最高の舞台装置。

波のゆらめきにも似た、佐藤くんの声が、ステージ以外になにもない、町外れの静かな海岸に漂う。

完璧だった。

本当に、ただただ、最高に気持ちがよかった。



波がステージのバックの夕焼け色を反射し始めたころ、ライブは終わった。

空になったステージは、海の中に残され、ライブの余韻と、夏の終わりのちょっぴり切ない夕暮れ時の雰囲気が、一枚の写真のように、パーフェクトに心の記憶に刻まれた。

だから私にとってのフィッシュマンズは、どうしてもあの海の風景とセットになってしまう。

大好きな長崎の海と、短い学生時代の中の、のんびりとした、そしてほんのり甘い青春の思い出とともに(笑)


それから数年後、東京に上京してからも、彼らの音楽は自分の生活のなかでいつも自然に存在していた。

よく、フィッシュマンズの音楽は当時の世田谷、渋谷の空気だと表現されるのを聞いたりするけれど、あの頃の東京の空気は、まさにそんな感じだったなぁ。

しかも、自分は世田谷、下北沢とその界隈に住んでいたし、まさに渋谷で夜な夜なナイトクルージング・・・(笑)

だけど、それでもそんな彼らの「都会」のイメージよりも、自分にとってはやっぱり、あの「海岸」のフィッシュマンズの印象が鮮明で、それが変わることはなかった。・・・多分かなり偏ってるけど・・・


そして、あの日。


友達が、「フィッシュマンズのボーカル、死んだんだよ。」と告げた。

あの時から、私の中でのフィッシュマンズの記憶が止まっていた。

それはとっても現実味のない話で、わたしにとってはいつもあの波の上のステージで演奏する彼らの姿が、いつもリアルに存在していたから、佐藤くんがいなくなった、という現実の話はその瞬間に、遠くの、ぼんやりとした記憶の中にしまい込まれてしまったかのように、ある意味消えてしまった。
だから、佐藤くんが亡くなった事を、ずいぶん長いこと忘れていたのだ。
ただ、その友人の声だけは、ずっと、頭の片隅でエコーを続けたまま。。。



そして今、初めてフィッシュマンズの「他の」ライブ映像を目にして、突然、そうか、今のこの瞬間に、彼はいなくなったんだ、ということが、現実の事なんだと理解できた。できてしまった。。。

ボーカル佐藤くんの最後のライブ映像とは知らずに観た、

「Fishmans フィッシュマンズ / 男達の別れ: 98.12.28 @赤坂blitz 」、

これは・・・

切なすぎる。

それを知らずに観ていても、なんというか、もう、この世のものとは思えない彼の存在感、一瞬一瞬を刻むような心の動きが、なんだか手に取るように感じられて、ただただ美しくて、苦しくて、切なくて、見とれてしまう。

ステージのセットもまるで、ちがう次元の世界に引き込まれるような・・・

やばいよ・・・

「頼りない天使」を歌う佐藤くんは、だれかがコメントしていたように、本当に「頼りない天使」そのものだ。

語るように、祈るように、手を顔の前に握りしめて。
そして歌い終わった彼が、うなずくように、かすかに「よし・・・」というような口元の動きをするんだけど、まさに、何かをひとつひとつやり終えたと確認するような、あの表情が。


これが最後のライブ映像だと後で知った時、泣きたくなってしまった。

そうか、そうだったんだ。だからなのか。



彼の歌う姿をみていると、なんだかわからないけれど、「大丈夫だよ~!」っと、抱きしめたくなるような、小さな子どもをみているような錯覚がした。

それは、私が見ていた、海岸の佐藤くんとは別の、というか、私が知らなかった彼の魂の別の一面、もしかしたら、とても彼の本質に近い姿を、初めて見たからなのかもしれない。

あの頃の、無邪気な子どもの雰囲気とは違う、どちらかというと、さらけ出して、無防備な子どもの危うさのような・・・

どこか、ぎりぎりの場所に立って、なんとかして現実の意識を保っているような、きわどさすら感じてしまう。

別人みたいだ。
もしかしたら本当に、別の世界にいる人を見ているのかもしれない。


ファンというほどの立ち位置ではないし、それほど、というよりは、他のライブをみたこともなかったし、楽曲以外、具体的にはほとんど彼らのことを知らなかった一リスナーにすぎない私だから、余計にそんな印象を持ってしまったのかもしれないけれど・・・

このライブの、「LONG SEASON」も、これ一つがまさにフィルム、一つの物語。
半端な気分では見れない、聴けないような映像。

美しいけれど、どこか、ああ、これはまだ知ってはいけない、というような、立ち入ってはいけない世界の一部分を見ているような・・・

みちゃってたんだろうなぁ。きっと、彼は。

「僕ら はんぶん 夢の中・・・」


あぁ、なんて事だ。

夢から覚まされてしまったような、夢の世界へ連れ戻されてしまったような、フィッシュマンズの世界に、しばらくは浸ってしまいそう・・・

記憶の中で波の向こう側にいた佐藤くんは今、彼岸・・・岸の向こう側から、悟りの世界から、この煩悩の世界をゆらゆらと眺めているのかな。。。



彼の作った音楽は永遠になくならない。
メンバーと奏でた音楽は、今この瞬間にも耳に響いてくる。
だからある意味、彼がいない、という事実は、現実ではないと言えるのかもしれない。


人はこの世から消えても、無くならない。

別の世界の扉を開いて、そちら側から、今度はこちらの世界を覗いてみているんだ。

すべてはつながっているし、魂は消えないし、そして、目に見える世界だけが現実ではない。

そんな次元の架け橋みたいなところを、きっと彼は浮遊しながら行き来して、私たちに見せてくれていたんだろう。

すばらしい体験をありがとう!

そして、これからも、現実の中の夢と、夢の中の現実を自在に飛び回る、その音楽と、歌声を、聞かせてください。


「頼りない天使」

http://www.youtube.com/watch?v=YZ_aPr-6KAs&NR=1&feature=endscreen



「いかれたBaby」

http://www.youtube.com/watch?v=BCOP3TEk0dY&feature=related
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by kamakuraecolife | 2012-10-19 00:22 | 日々・・・

また旅にでます。

鎌倉生活最後の日は、とっても素敵なお天気でした。

いつもの見慣れた由比ガ浜の景色をみながら、本当にここを離れることになるなんて、まだ実感がわかなかったけれど・・・

娘を自転車の後ろに乗せて通った134号線沿いの歩道。

いつのまにか自分で自転車をこいで通えるようになった娘の背丈は、もう私の半分を越えてました。


幼稚園の卒業式、ものすごい恥ずかしがりやの娘が、ステージで卒業スピーチをするなんて、2年前は想像もできなかったけれど・・・

途中で泣き出してしまい、「ああ~、やっぱり~しんどいよね~。」と思ったけれど、泣き止んで最後まで頑張った。

おっきくなったね。


沢山のお友達と、沢山の素敵な思い出のある鎌倉のまち、

どうか、みんながずっと笑顔でいられるまちでありますように。


私の人生はいつもいつも5年単位で住む場所が変わるのが常だったので、10年住んだ東京と、3人家族になって7年過ごした鎌倉は、故郷のようなものです。

また、しばらく旅に出るようにでかけますが・・・

故郷の海が美しく輝いている風景を、心に刻んで。


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by kamakuraecolife | 2012-04-15 22:54 | 日々・・・

引越しまでの日々。

沖縄から鎌倉に戻ってはや3週間。


毎日が、相変わらずドタバタ劇場のような日々。

沖縄でもドタバタ。

鎌倉でもドタバタ。


いったい、いつになったら私の人生静かになるのだろう?



鎌倉に帰る前日は徹夜でした。

数日前まで、かなり睡眠時間けずっていたのだけれど、前日の徹夜は肉体的にはさすがにこたえたようで・・・

飛行機に乗ったとたん意識不明。

隣に座っていた娘のことなど一切放置したまま、(多分口あけて)眠りこけてしまっていました。。。
(娘はちゃっかりスチュワーデスのお姉さんに遊んでもらってご機嫌だった様子。)


出発の前の日は、シャーマン夫妻の四次元ワーク(?)で、帰省の準備という三次元のお仕事がいっさいストップするという事態に遭遇したのだけれど、すばらしい、濃厚な、出発前夜にふさわしいミラクル沖縄ナイトを体験させていただきました・・・

こんな経験をさせてもらえるなんて、なんてありがたいことか。。。

ひと月半の沖縄滞在で、たくさんの助けと、癒しと、笑いと、感動をもらいました。


鎌倉でひと月半過ごしたら、またこの場所に戻ってくる、ということが、自分にとってなんの迷いもないことになるなんて。


人生は不思議ですね。


まだまだ、想像もできないような面白いことが沢山待っている、そんな気がします。


ずっと、死ぬまでドタバタでもいいかな、などとも思う今日この頃。


でも、きっちり鎌倉のおうちのお片づけはしないと。。。
(このブログも、『kamakuraecolife』から『okinawaecolife』に変更・・・?)
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by kamakuraecolife | 2012-02-21 00:19 | 日々・・・

こんな日を待っていた。。。

朝、出かける間際はいつもドタバタ。

今朝も余りにも寒いので、自転車じゃなくて江ノ電通学しようと急遽変更したところ、

「あ~、電車に間に合わない~。急いで急いで!」

大急ぎでバッグを持って玄関へ。


しまった。

・・・娘のお弁当も水筒もおやつもまだバックパックに入れてなかった!



あわててテーブルの上にあるはずのお弁当たちを取りにいったら、

ない。。。?


玄関で娘はバックパックを持って待っている。


私 「あれ~?もしかしてお弁当自分でバッグに入れた?」

娘 「うんママ、自分でおべんといれたよ。おやつも水筒も。」


!!!


私 「あ、でもフォークとか、たしか袋にまだ入れてないよ!」

娘 「自分で入れたよ。」


!!!


ああ、こんな日を待っていた。。。

私が言わなくてもこういうこと、自分でできるようになる日を。。。


いや、ホントはもっと早いうちからこういうことできるようになっててもいいのかもしれないけど、ついつい、私がやった方が早いから、という親の都合で先回りしてしまっていたのだけれど。

お弁当バックパックに自分で入れてね、なんて簡単なことすら、やらせてなかったことに気づいて、それもまたびっくりといえばびっくり。


それにしても、楽になったなぁ。

あ~、育児卒業!万歳!




学校から帰り、娘のお弁当袋を受け取る。

娘は袋を開きながら、

「今日ね、このスプーンとフォーク持っていったんだ。」


差し出されたスプーンは、計量スプーン。。。

フォークは、赤ちゃん用フォーク。。。



そうか、まだまだ親のチェックは必要か。。。



だけどお母さんは嬉しかったよ。

娘がとっても大人に思えた一日でした。
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by kamakuraecolife | 2012-02-20 23:55 | 日々・・・

沖縄の大晦日

去年の大晦日、まさか翌年は沖縄で年を越すことになるなんて、夢にも思っていませんでした。

3月の震災から、ほんとうに、いろんな出来事があり、そのすべてのことが重なり繋がり、その流れが今私をこうして沖縄に運んできたのですが。

今年の一年の世界の動きをみても、これから、ますます世の中は、混乱の多い時代へと進んでいくんだろうな、ということを感じずにはいられません。

良くも悪くも、これまでの価値観が通用しない世の中で、自分はどう生きていくのか。

もう、誰かに責任転嫁をしたり、なにか既存のものに頼る生き方ではこの時代は乗り越えていけないということを、きっと多くの人が感じた一年だったのではないでしょうか。


沖縄に来て2週間。

ここには、沢山の移住者の人たちがいて、そんな人たちとこの短期間の間に会い、交流してきました。

みんな、それぞれの決断でこの地へ来たわけですが、様々な家庭の事情や、難しい状況を乗り越え、たくましく生活しています。

次の時代を見据えながら。

次の世代の未来を思い描きながら。


私がそれまで所属してきた生活圏の価値観とは、大きく違っていることも沢山あります。

だけど、人が人として、地球やその自然や、そして子どもたちの未来に負担をかけず生きるという選択肢をとった結果が、こんな形として現れてくるという一例を、今自分が実感しながら生活していると、この地球の未来や、日本の未来が、どんな風になっていくのかという予想図がリアルにみえてくる気がします。

もしかしたら、それは厳しい現実との対岐になるかもしれません。

こんな風に安穏にすごせる時間は、そんなに長くないのかもしれません。


だけど、それを悲観的な未来とみなすのではなく、そこを乗り越え新しい世の中の仕組みや、価値観を構築していこうとする先駆的な取り組みを、もうすでに始めている世界中の沢山のひとたちと繋がりながら、もっと多くの人を巻き込んで、ほんとうにみんなが「幸せ」を沢山感じられる世の中を、作っていけたらいいなと、心から思うのです。

「幸せ」の基準はひとそれぞれだし、一つの形にはめられることではないけれど、、、

だからこそ、「村」単位というか、ローカリゼーションへの移行で、価値観の近い人たちがコミュニティを各地でつくっていくという今の動き、とても面白いな、と思います。


自分たちの生活を、自分たちで責任をもつということ。

子どもたちの未来を、親たちが責任を持って守るということ。

地球にこれ以上、負担をかけないということ。


私もまだまだ、これからのことが山ほどありますが、今、こうして、念願でもあった

「寒さからの解放」

をしみじみと満喫しながら、

この沖縄の地で、新たな年明けとともにスタートをきりたいと思います。


もっと、世界中でたくさんの笑顔がうまれ、みんなが生きている、生かされている喜びを日々感じられる一年となりますように。

2011年、ご縁のあった沢山の皆さん、ありがとうございました。

2012年、また、学びの一瞬一瞬をともに歩いて行きましょう。
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by kamakuraecolife | 2011-12-31 23:20 | 日々・・・

扉の先に道はつづく。

外はしとしとと雨が降っている。

空のダンボールをひっくり返して机がわりにして、パソコンの前に座っている。

ガラス戸一枚で外と隔てられただけの空間は、裸足でもすごせるあたたかさ。

鎌倉の家はストーブなしではいられないくらい、寒かったのに。

ここは、沖縄なんだ。


今、お友達家族と、ひとつ屋根の下で生活している。

いろんな偶然のつながりで、言ってみれば知り合ったばかりの人たちと、こうして家族のように共同生活を始めることになったのだけれど、ほんとうに、神様はきちんと行くべきところに落ち着けるように、いろんな準備をしてくれていたんだな、と、関心する。


もとをたどれば10年以上前、長崎にいたころの縁からこうしてつながったのだけれど、まさか、こんなセッティングがされていようとは。


自分が、漠然と「こんな風にできるといいな」と思っていたことが、今、こうして現実となっていることの不思議。

最低限の荷物と、共有の空間の中で生活することが自分にできるなんて、これもまた驚きのひとつなのだけれど、なんだろう、このいごこちの良さと、満足感は。


このまま、どんどんと無駄なものを捨てて、シンプルに、流れにさからわず生きていけるといいんだけどな。

まだまだ捨てられない欲もいろいろとあるけど(笑)



このところ自分のテーマだったこと、


「もの」や「ひと」をジャッジせず、受け入れ、手放す。

とどこおらずに、流して、流れていく。


ここにいると、自分がちょっぴりだけど、理解できたと思っているヨガの学びが、生活にぴったりと同調していると感じる。


人生の学びは永遠に終わらないけれど、また、新しい扉が目の前で開いた気がする。



晴れた日のお日様の光は何よりありがたいけれど、緑を潤す雨もなくてはならないもの。


すべて必要なものは必要なだけあるのだということを、人が忘れなければ、世の中はもっと平和であったはずなのに。

それを、みんなが思い出して、これからの世の中をつくっていけるよう、わたしも、少しずつ、学びを重ね、理解を深めていけたらいいなと思います。


与えられたすべてのことに感謝しますと、迷いなく言えるように。
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by kamakuraecolife | 2011-12-22 00:39 | 日々・・・

沖縄サンクチュアリ

沖縄に上陸して4日目。

初日からこどもの牧場学校見学、翌日は「てぃだのわ」のミーティング、そして今日は沖縄の聖地ともいうべき、すばらしい気に満ちたヒーラーのお宅へお邪魔してワークをしてもらい、心身ともに癒され。。。

パソコンの前に座る時間もなく、みっちりとした沖縄時間をすごしています。

おいおい、ゆっくりと、沖縄情報をお知らせできればいいなと。

今は、目に映る沖縄の美しい風景と、空気と、子どもたちのにぎやかな声に囲まれながら、日々の変化を楽しみたいと思います。



沖縄でのワークショップやイベントはこちらからも。

民商店

http://tamie-shouten.conconbe-house.com/about.html
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by kamakuraecolife | 2011-12-19 20:26 | 日々・・・

皆既月食

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月食中…
丸い月がどんどん食べられていく…


今日、10数年ぶりに再会した人が、「今夜は皆既月食だよ」と教えてくれました。


生憎空は雲に覆われて、欠けた月が時々雲間から顔をのぞかせるだけ。

諦めきれず、完全な月食が終わる5分ほど前にもう一度家の前に出てみると、ちょうどその時、雲の切れ間から月が!

オレンジ色の月が綺麗に見えました。

そして、流れ星も。。。


皆既月食はヒーリングのエネルギーを送ってくれるそうです。

そして、世の中が変るターニングポイント、またはスタートの合図、、、?



この再会がなければうっかり知らずに過ごしてしまった皆既月食。

ちょうど、ふさわしいタイミングで現れるべき人が、メッセージを携えてきてくれるんだな、ということを再確認しました。


来週、沖縄に出発します。

そこで何か新しい事が始まる予感がします。


出会いに感謝。
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by kamakuraecolife | 2011-12-10 22:28 | 日々・・・