ベルリン 反原発デモ まとめ

NHK web news より

ドイツで日本の原発廃止訴えデモ
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140309/k10015828031000.html


以下はFBにアップしたものです。

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一昨日のベルリンの反原発デモの様子。
1000人の人が参加したということでした。

日本の福島の事故を忘れない、原発の廃止を、と訴えるドイツの人たちの気持ちに感謝しながら、一方で、自分の国、日本が、放射能を海や大気に垂れ流しにしている、他国に対する加害者となっていることを、忘れてはいけない、と、強く感じたのも事実でした。

中国の大気汚染もしかり、日本の中でその汚染を批判している声もあるようだけれど、自分の生活の中に、「中国製」があふれているようならば、じぶんもその汚染に、汚染を起こしている会社に、かかわっている一員かもしれない、と、考えてみる必要がある。

人は何かに声をあげるとき、厳しいようだけれど、やはりその自分の主張に、どれだけ自分が矛盾していないかを、きちんと見つめなければいけない。それは人が判断することではなく、自分自身が向き合うこと。
もちろん、自分は矛盾だらけだから、声をあげない、と言うことではない。
声をあげながら、自分にも問いかける。それはあんまり気持ちのいい作業ではないことが多いのだけれど、何もしなければ、多分社会も、そして自分自身も、変わらない。
波風立てず、主張もせず・・・それがここちいい人だって沢山いるだろう。
でも、多くの人が気づかされた。気づいてしまった。
あの地震の後に、「もしかして、何かがおかしい?」という事に。

だから私にとってデモに参加するということは、主張と、そして自分に対する反省でもある。
「デモしたって、何もかわらない」なんて揶揄されてもかまわない。
私はそうは思わないから。
少なくとも、自分自身は、「原発反対!」と言いながら、「じゃあ、自分にできることはなんだろう?」
「子どもを守れ!」「じゃあ、自分は子どもの未来に何を残せるだろう」と考える機会を与えてもらっているから。

言ってる自分に何ができる?
これ、けっこうしんどいですよ。
楽しいからじゃないよ(笑)
デモは、自分自身の矛盾との戦いでもあるから。

日本にいた頃、原発に反対しながらも、東電からの電気を使わなければ生活できないことが何より悔しかった。
他に選択の方法がない、日本の社会のシステムに、心底幻滅した。
周囲の人たちも、その矛盾に向き合い、自分の生活を振り返り、できることを手探りしていた。

沢山の人が、これまでの人生や、社会のありかたについて、考えたこの3年。

私は、ドイツに来てみて、一番何がよかったかというと、「生活の矛盾」の多くが解決されたこと。
原発の電気を買いたくないなら、他の選択肢がある。
自然環境と人の健康に配慮する食べ物が欲しければ、ビオの店がある。
肉を食べないから、人との食事には気を使わせて心苦しかったけど、ここではどの店でもほぼ、ベジタリアンメニューがある。

この選択が日本でできたなら、何よりよかったのだけれど、何かの縁でこの国に来た自分が、「日本でできなかったことが、なぜドイツではできるのか」という事を、もっと知りたいし、教えてもらいたい。

そして福島の事故の後、「原発を止められなかった日本」の代わりに、「原発の撤廃を国民の意思で決めたドイツ」が、「止められない日本」に対し、とても多くの回答をもっている国だと思うから、一日本国民として、ドイツの人たちに、お願いしたい。
「どうか、声を(あげたくても)あげられない日本の人たちに、ここからエールを送ってください」
「どうすれば原発に頼らず、社会のシステムを変えていけるのか、そのお手本を見せてください」

3年たっても汚染をとめられない、原発をやめられない日本。
その事実と向き合って、一人ひとりがやらなきゃいけないことは、やっぱり沢山あるんだと思う。

でも、日本中に、世界中に、声をあげて、何かを変えようとしている人たちが沢山いるから、未来に幻滅はしていない。

今回のデモを主宰してくれたお母さんたちのグループに感謝。
参加してくれた沢山の人に感謝。

3年前のあの日を迎える日本に、大好きな故郷の日本に、距離は離れているけれど、心からエールを送ります。
私も、ここでやれることを、またコツコツと、続けて行きます。
by kamakuraecolife | 2014-03-10 23:05 | 原発のこと
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