放浪のとき

沖縄に秋風がふいています。

秋風は、旅心をくすぐります。


学生時代は夏休みが長くて、8月と9月がまるまるふた月お休みだった頃から、旅行にいくなら旅行シーズンが終わった9月。

社会人になってからは、海外旅行のチケットが安くなる10月中旬以降が私にとっての旅シーズン。

だから、この秋風は、たまらなく旅心をかきたてるのです。。。



これまでいろんな場所を一人で歩いてきたけれど、誰も知らない、誰とも会話をわかちあうことのない、孤独な一人旅はなぜか美しい思い出で溢れている。

あれはいったい何なのだろう?

寂しさでもなく、人恋しさでもなく、なのに何を求めて歩いていたのだろう?
あってないような目的地を目指し、ただ、歩き、移動を続ける日々。

しらない街の、夕暮れのバスに乗り、家路に急ぐ人たちに混じって、いったい自分はどこに向かっていたんだろう。


人気のないシエスタの時間、あわいパステルカラーのペンキがほとんど剥げ落ちてしまった、白い壁の家々が並ぶスペインの田舎町の路地。

風は冷たいのに、日差しはジリジリと焼けつく、季節はずれの閑散としたスペインのリゾートビーチで、何の予定もなくひとり寝転がってうたたねしながら聞いた風の音。

めまぐるしく風景が移り変わり、息を呑むような色の変化の美しさにみとれて、時間を忘れてしまったコスタ・デル・ソルの車窓からの景色。

深夜の真っ暗な道路を失踪する、バスの窓から見上げた異国の星空。

帰り道がわからなくなって、迷路のような路地を泣きながらさまよったモロッコの海岸の街。

何度も同じ道を、毎年のように歩いているのに、何故か目的の場所にたどり着けない石畳のパリの街。

顔が隠れてしまうほど大きな木の葉が舞い落ちる、冬支度を始めたオランダの町外れの公園。


いろんな国の、いろんな風景が、秋の風の気配とともに、よみがえってきます。


旅をする理由、それを聞かれても、よくわからない。
だけど、あの時の自分は、旅をせずにはいられなかった。

怖いこととか、面倒なことだって色々起こって大変だったりもしたのだけれど、
なんだろう、日常で起こらない出来事があることが、その瞬間に「生きている」、生々しい感情を体験できたからなのかもしれない。

そして、何より、「見たい」「感じたい」という欲求が、自分を先に先に進ませていたのかもしれない。

まだ見たことのない、美しい風景を。

まだ体験したことのない、自分の中にある感情を。。。



30代になったばかりのころ、知り合いの写真家が作品にするため、友人たちの写真と、小さなインタビューを集めていた。

私もそこに参加したのだけれど、その時の質問に

「10年後の自分はどうしてると思う?」というものがあって、余り考えもせず、

「世界中を旅してるとか・・・どこか違う場所にいる」みたいな事を答えた。



その1年後、仕事を辞め、今の旦那さんと再び、世界中のいろんな場所を旅していた。

そして今、何故か思いもよらず沖縄に住むことになり、

そして2ヵ月後には、今度は国境をまたいで生活の場を変えることになった。



人はだいたい、無意識の中で自分の未来をある程度はわかっているんだと思う。



もっと記憶を遡っていくと、学生時代につけていた日記帳に「未来の夢」みたいなものを書いていて、その当時、卒業後にやってみたいことを、とりとめもなく箇条書きにしたページを10年後に見つけた。


自分でも驚いたのだけれど、ほぼ、やりたいこと、それに限りなく近いことをすでにやっていた。
ひとつ全然叶っていないものがあったけれど、それは
「お花屋さん」(笑)


「夢」は見るためにあるのではなく、実現させるためにある、なんて言う言葉を若い頃よく聞かされていて、「そうは言ってもね~」なんて思っていたけれど、これは本当の事だったんだなぁと、その時しみじみ感じたことを覚えている。



そして先日、父が電話口で言った言葉に、ここにもまた一つの答えが。

父は私の海外引越しを冗談交じりに皮肉り、

「そんな、放浪者みたいな生活をして。お父さんが言ったとおりの人生になってしまったじゃないか。」

と。


それを聞いて、そうだよ、お父さんが「言ったとおり」になってしまったんだよ、と、私は心の中で繰り返した。

お父さん、それはもしかしたら「言霊」だよ、とうっかり言いかけて、父の気持ちを逆撫でするかと思い、やめた。


思いは実現するし、言葉も真実になる。

父は、私の風来坊的な素質を親目線でみて、心配してそう言っていたんだろう。

だけど、それを繰り返し耳にしていた私も、その言葉を体現する「刷り込み」をされていたのかもよ、お父さん。

相乗効果抜群。(笑)


子どもに言葉をかけるときは、本当に気をつけないといけません。
その一言が、子どもの人生を左右することになるかもしれないから(笑)

自分の子どもにはせめて、「やりたいと思ったことは、何でも実現できるから。それは真実だから。」と伝えてあげたい。

いっぱい夢をみてごらん、と。

そして、できるだけ親の先入観と価値観を押し付けないように・・・(難しいけど。)



自分に関することは、薄々、自分でもわかっている。

自分が、ひとつの場所にいられない性分(運命?)だってことは、ずいぶん昔から。

女の子の「仲良しグループ」にもなじめなくて、いつもクラスでどこにも所属できずにいた事、

自分で決めたわけじゃないけれど、転勤や引越しで同じ場所に5年以上腰を落ち着けたことがなかった子ども時代。

それに、単純に、一人でいるのが好きだった。

友達といるのも好きだったし、接客業はある意味、自分の天職だと思えるくらい、人と接することが大好きだったけれど、一人でいる時間は、自分にとってなんと言うか、特別な時間だったから。

旅に出ると、本当に、芯から「一人」を体感できる。

一瞬一瞬がただ一人の「素」の自分だけ。

それは孤独じゃなくて、。。。



そして、先日、5年ぶりくらいにネットのサイトだけれど、「オーラソーマ」の診断をやってみたら、最初に出てきたカードが、これ。


「ワンダラー・放浪者」


ダメだしですね。109分の一の確立で、このカード。


自分の魂のキャラクターは、どこで決まったのかは判らないけれど、どうにもこうにも変えられないもののようです。



そういうわけで、多分、来月には、沖縄を離れます。

この夢のような時間を与えてくれた人たち、そしてこの美しい土地に、心から感謝しています。


今自分は、「地球が自分の家」だと思っているから、どこに住んでも多分、何かが大きく変わることはないでしょう。

数ヵ月後、数年後、何の予定もないけれど、ずっと心のなかにある「ビジョン」と、「感覚」が、どこかあるべき場所に自分を導いてくれるのだということを、知っているから。


さて、荷物の整理を急がなくては。


まだ見たことのない、美しい風景を求めて、心の体験を求めて。

まだまだ人生の旅は続くようです。
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by kamakuraecolife | 2012-10-23 13:33 | 日々・・・
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