フィッシュマンズ。

この二日間ほど、ずっとフィッシュマンズを聞いている。

なぜだか突然、フィッシュマンズが聞きたくなって、you tube で検索したら、出るわ出るわ。

余りyou tubeを日常生活に活用してるほうではなかったけれど、動画がこんなに見れるとは。知らなかった。
便利だなぁ~・・・と、今更ながら。


フィッシュマンズの音楽との出会いは、私が長崎で学生生活をしてた頃。

友達がFMでDJをやっていて、その友人のセレクトした曲がラジオから流れたとき、初めて聞いたんだったかな・・・

なんというか、あの、独特の脱力感と、でもなぜかしっかりと心に刻み付けられるリズムのギャップが印象的というか、心の中に余韻が残る、心地いい音だな~と。

当時からテレビは見なかったし、音楽はいつもラジオで聞いていたので、私にとっては時折ラジオから流れるフィッシュマンズの曲が、日々の生活のバックミュージックとして溶け込んでいた。
多分、あの頃長崎のFMでは、結構頻繁に流されていたんじゃないかな、という気がするんだけど。。。

ものすごく熱心に聞いていたわけじゃないけど、いつでも身近にそこにある、気持ちのいい音。

それが、私にとってのフィッシュマンズの音楽だった。



そして、ある夏の終わりの海岸にて・・・

そのフィッシュマンズのライブが、長崎で行われた。

調べていたら出てきたんだけれど、1993年、8月29日、長崎の田子の浦海岸での、フィッシュマンズにとっては九州初のライブだったと。

これが、私にとっての最初で最後のフィッシュマンズのライブ。

そして、数少ないライブ体験の中ではあるけれど、これは私にとっては最高のライブだった。

今でもずっと、あの海辺のステージと、周りの空気に溶け込んで流れていく、フィッシュマンズの演奏が、こころの片隅にしっかりと刻まれていて、思い出せばいつでもリアルにそのライブの情景が再現される。

それはそれは、本当に素敵なライブだった。


8月最後の週末だったかな。

ちょっぴり、夏の終わりの空気の漂う海岸で、砂浜の上にやぐらのように組まれた小さなステージで、彼らは演奏していた。

観客は、砂浜に座ったり、ねそべったり、好き勝手な場所で自由に、彼らの音楽と波の音を楽しんでいた。

私も、友達が仕事をしていた、ステージからは少し離れたFM局のブースの近くで、のんびりと演奏を聴いていた。

仲良しの友人と、彼女の付き合い始めたばかりのDJの彼と(笑)、FMにいる友達と、音楽関係者の飲み友達と・・・
青春の一コマ(笑)。幸せで、楽しくて、時間も今よりずっとゆったり、豊富にあった時代。

ほんとに、フィッシュマンズの音楽が、いろんな意味でこのシチュエーションにぴったりだったんだ。。。


彼らがどの曲目を演奏したとかは、全部をはっきり覚えていないんだけど・・・

「Future」と「頼りない天使」は、すごいいい演奏ができたと、ベースの譲さんのコメントが残ってあった。


演奏が始まったのは午後3時か4時頃。

ちょうど、日差しが夕方に向かって、やわらかく変わっていく時間帯。

波の音と、海風と、潮の匂いと、音楽。

そのうちだんだんと、日が暮れて、潮が満ちてきて、ステージの下まで波が寄せてきた。

最高の舞台装置。

波のゆらめきにも似た、佐藤くんの声が、ステージ以外になにもない、町外れの静かな海岸に漂う。

完璧だった。

本当に、ただただ、最高に気持ちがよかった。



波がステージのバックの夕焼け色を反射し始めたころ、ライブは終わった。

空になったステージは、海の中に残され、ライブの余韻と、夏の終わりのちょっぴり切ない夕暮れ時の雰囲気が、一枚の写真のように、パーフェクトに心の記憶に刻まれた。

だから私にとってのフィッシュマンズは、どうしてもあの海の風景とセットになってしまう。

大好きな長崎の海と、短い学生時代の中の、のんびりとした、そしてほんのり甘い青春の思い出とともに(笑)


それから数年後、東京に上京してからも、彼らの音楽は自分の生活のなかでいつも自然に存在していた。

よく、フィッシュマンズの音楽は当時の世田谷、渋谷の空気だと表現されるのを聞いたりするけれど、あの頃の東京の空気は、まさにそんな感じだったなぁ。

しかも、自分は世田谷、下北沢とその界隈に住んでいたし、まさに渋谷で夜な夜なナイトクルージング・・・(笑)

だけど、それでもそんな彼らの「都会」のイメージよりも、自分にとってはやっぱり、あの「海岸」のフィッシュマンズの印象が鮮明で、それが変わることはなかった。・・・多分かなり偏ってるけど・・・


そして、あの日。


友達が、「フィッシュマンズのボーカル、死んだんだよ。」と告げた。

あの時から、私の中でのフィッシュマンズの記憶が止まっていた。

それはとっても現実味のない話で、わたしにとってはいつもあの波の上のステージで演奏する彼らの姿が、いつもリアルに存在していたから、佐藤くんがいなくなった、という現実の話はその瞬間に、遠くの、ぼんやりとした記憶の中にしまい込まれてしまったかのように、ある意味消えてしまった。
だから、佐藤くんが亡くなった事を、ずいぶん長いこと忘れていたのだ。
ただ、その友人の声だけは、ずっと、頭の片隅でエコーを続けたまま。。。



そして今、初めてフィッシュマンズの「他の」ライブ映像を目にして、突然、そうか、今のこの瞬間に、彼はいなくなったんだ、ということが、現実の事なんだと理解できた。できてしまった。。。

ボーカル佐藤くんの最後のライブ映像とは知らずに観た、

「Fishmans フィッシュマンズ / 男達の別れ: 98.12.28 @赤坂blitz 」、

これは・・・

切なすぎる。

それを知らずに観ていても、なんというか、もう、この世のものとは思えない彼の存在感、一瞬一瞬を刻むような心の動きが、なんだか手に取るように感じられて、ただただ美しくて、苦しくて、切なくて、見とれてしまう。

ステージのセットもまるで、ちがう次元の世界に引き込まれるような・・・

やばいよ・・・

「頼りない天使」を歌う佐藤くんは、だれかがコメントしていたように、本当に「頼りない天使」そのものだ。

語るように、祈るように、手を顔の前に握りしめて。
そして歌い終わった彼が、うなずくように、かすかに「よし・・・」というような口元の動きをするんだけど、まさに、何かをひとつひとつやり終えたと確認するような、あの表情が。


これが最後のライブ映像だと後で知った時、泣きたくなってしまった。

そうか、そうだったんだ。だからなのか。



彼の歌う姿をみていると、なんだかわからないけれど、「大丈夫だよ~!」っと、抱きしめたくなるような、小さな子どもをみているような錯覚がした。

それは、私が見ていた、海岸の佐藤くんとは別の、というか、私が知らなかった彼の魂の別の一面、もしかしたら、とても彼の本質に近い姿を、初めて見たからなのかもしれない。

あの頃の、無邪気な子どもの雰囲気とは違う、どちらかというと、さらけ出して、無防備な子どもの危うさのような・・・

どこか、ぎりぎりの場所に立って、なんとかして現実の意識を保っているような、きわどさすら感じてしまう。

別人みたいだ。
もしかしたら本当に、別の世界にいる人を見ているのかもしれない。


ファンというほどの立ち位置ではないし、それほど、というよりは、他のライブをみたこともなかったし、楽曲以外、具体的にはほとんど彼らのことを知らなかった一リスナーにすぎない私だから、余計にそんな印象を持ってしまったのかもしれないけれど・・・

このライブの、「LONG SEASON」も、これ一つがまさにフィルム、一つの物語。
半端な気分では見れない、聴けないような映像。

美しいけれど、どこか、ああ、これはまだ知ってはいけない、というような、立ち入ってはいけない世界の一部分を見ているような・・・

みちゃってたんだろうなぁ。きっと、彼は。

「僕ら はんぶん 夢の中・・・」


あぁ、なんて事だ。

夢から覚まされてしまったような、夢の世界へ連れ戻されてしまったような、フィッシュマンズの世界に、しばらくは浸ってしまいそう・・・

記憶の中で波の向こう側にいた佐藤くんは今、彼岸・・・岸の向こう側から、悟りの世界から、この煩悩の世界をゆらゆらと眺めているのかな。。。



彼の作った音楽は永遠になくならない。
メンバーと奏でた音楽は、今この瞬間にも耳に響いてくる。
だからある意味、彼がいない、という事実は、現実ではないと言えるのかもしれない。


人はこの世から消えても、無くならない。

別の世界の扉を開いて、そちら側から、今度はこちらの世界を覗いてみているんだ。

すべてはつながっているし、魂は消えないし、そして、目に見える世界だけが現実ではない。

そんな次元の架け橋みたいなところを、きっと彼は浮遊しながら行き来して、私たちに見せてくれていたんだろう。

すばらしい体験をありがとう!

そして、これからも、現実の中の夢と、夢の中の現実を自在に飛び回る、その音楽と、歌声を、聞かせてください。


「頼りない天使」

http://www.youtube.com/watch?v=YZ_aPr-6KAs&NR=1&feature=endscreen



「いかれたBaby」

http://www.youtube.com/watch?v=BCOP3TEk0dY&feature=related
[PR]
by kamakuraecolife | 2012-10-19 00:22 | 日々・・・
<< 放浪のとき 愛って? >>