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巡礼の旅

地震の起った後の混乱の中、私は「逃げるべきか、逃げざるべきか」という選択を迫られていました。

在日の外国人の人たちの中に起った様々な反応、それは日本人である私たちが考える以上に、鬼気迫ったものだったのです。

旦那さんの所にも、沢山の情報が流れ込んできました。

外資系企業の中には社員をひきつれ、関西へ一時退避した会社などもあり、関西空港は外国人で溢れかえってパニックのようになっていたと、その渦中にいた友人に聞きました。

友人知人も海外や、関西方面へ沢山の人が移動して行きました。

こちらにも、大使館からの「関東エリアからの退避」勧告メールに始まり、「週末にチャーター機が成田にくるので、帰国希望者はすぐに申し込みを」、そして最終的には「ヨード剤の配布」。。。

心の中では

「今の状態で即刻避難する必要はないのでは?」

と思いつつも、ここまで周りがざわめいていると、だんだんと追いつめられているような気分になってきていました。

ただ、それを決めるだけの「決定的な理由」というのがなく、「どうすればいいのか」と思考は堂々巡り。。。

ところが友人の一人に急遽、「放射能汚染」とは違う理由で関東を離れなくてはならない事情が勃発したのです。

私の中で、「決定的な理由」のスイッチが入った瞬間でした。

その数時間後には、家族で新幹線の中に。

友人は飛行機で九州に向かい、私より先に私の実家にたどり着き、久しぶりに戻った実家で私は、その友人に出迎えられる、という、妙なシチュエーションに、お互い笑い合い、無事にここで会えたことを心から嬉しく思いました。


でも、私たちは「九州に呼ばれた」ということを、その後の避難生活数日間で確信することになりました。

私とその友人は数ヶ月前から、「いつか一緒に、九州のご縁のある神社を巡りたいね」と話していて、3月の最終週にその計画を立てていたのです。

でも結局、お互いのスケジュールが合わず、「九州はまた次回にね」と、予定を変更したばかりだったのでした。

今ここに不測の事態とはいえ、二人そろって居合わせているという事は・・・

私たちは、すぐさま、その計画を実行に移しました。

この震災で亡くなった人たちの為に祈る事、そして、これ以上の悲惨な災害が起らないように祈る事、そして彼女に突きつけられた究極の難題が、解決するよう祈る事。

彼女の友人にも、この震災の慰霊と地震回避のために、日本全国を巡礼している人がいます。

私たちも、そのような「祈りの人」たちと心をあわせ、九州の神様に、お願いをしなくては、と。


初日は、宇佐市にある「宇佐八幡宮」へ向かいました。

子どもの頃、その隣町に住んでいた私は、何度か参拝したことはあったのですが、記憶の中には参道の砂利道の映像しか残っていませんでした。

ただ、その周囲の景色は昔の面影を保っていて、懐かしい子ども時代のいろいろな思い出が蘇ってきました。

広い参道の雰囲気は、伊勢神宮で感じたような、威厳のある、強いエネルギーを発しているような気が。。。

この、神社の「気」のせいか、スーパームーンの前触れのせいか、単なる疲労と寝不足のせいか・・・

その時の私はめったにない偏頭痛と、頭がもやもやとする感覚に襲われていました。

そして旦那さんは、鳥居をくぐった瞬間、突然

「○○姫・・・、なんだっけ、あの、お姫様の名前は・・・」と。

「もののけ姫?」

「違う!」

「あ、くくり媛?」

「そう、その人!突然その名前が頭に浮かんできた・・・」


ここに、菊理媛さまのエネルギーが満ちていたのでしょうか。


神社に参拝すると、蛇が出たり、雨が降ったりやんだり、龍雲をみたりする人たちの一行ですから、これもまた、何かのメッセージだったのかもしれません。

そして、私は神社の拝殿にある、菊の御紋を見た時に、

「ああ、よかった、帰って来た。」

というような、安堵感のようなものを感じたのでした。。。


着の身着のままの難民ような状態でここにたどり着いた私たちでしたが、ここには確かに神様がいらっしゃって、日本の国は古の時代から、守られてきたんだ、ということを、再確認しました。

本当に、美しい、日本人の心の結晶のような風景でした。

日本は、大丈夫だと、こんなことに負けるはずはないと、確信しました。

ここに来る事ができて、本当によかった。





翌日はお彼岸ということもあり、ご先祖様のお墓のお掃除へ。

不信心な私は、この一族のお墓に参るのは、20年ぶりだったかもしれません。

これだけでも、実家に帰ってきた意味があったのかもしれません・・・


次に向かったのは長崎の「諏訪神社」、そして「平和記念公園」

学生時代を過ごした長崎は、私にとって第二の故郷です。

本当に、ここで過ごした4年間は、人生の中でも本当に貴重で、楽しくて、美しい思い出を沢山残してくれました。

大好きな街、長崎。

ここに、家族と友人と、こんな風に訪れることがあるなんて。

夢はひょんな事から叶うものなのだなと、この街の不思議なエネルギーに、また改めて気づかされました。

友人の旦那様は、長野の諏訪大社に深いご縁のある人なので、彼をこの場所に案内できたということも、多分それはものすごく意味のあることだったのだと思いました。

そして私の人生の中で、とても重要な、道標のような存在であった人に、連絡がとれなかったにもかかわらず会えた事、

本当に、長崎は不思議な街です・・・


翌日は熊本の高千穂峡と、天岩戸神社、そして、ずっと訪れてみたかった、幣立神宮。

最後は、福岡の宗像大社。


数ヶ月前に、友人と「いつか全部まわってみたいね」と話していた場所に、この短期間の間に全部訪れることが出来たという事、これは本当に奇跡みたいな事でした。


日本の神様は、確かに私たちを見守ってくださっています。

深い緑に囲まれた神社のエネルギーを感じた時、古来から、自然は、私たちのとっての「神」であり、それによって生かされているのだ、ということを再確認させられました。

そしてそれと同時に、拝殿の奥にある鏡が象徴するように、「神」に祈るということは、自分自身を見つめるということ、「神」という存在は、自分自身の中にあるということの意味を、しっかりと理解しなさいと、そう言われた気がするのです。

「自然」=「神」を、わたしたちは杜撰に扱いすぎていました。

それは、自分自身を大切にしていない、ということと同じことなのです。

私自身、この災害で、自分の日常がもろくも崩れさる可能性というものをつきつけられたとき、何が自分にとって一番大切なのかということ、自分にとって「生きる」という事の本当の意味は何なのか、ということを、再確認させられました。

沢山の人の祈りが、きっと届くであろう事を信じています。

そして、私たちみんなが、自然(「神」)の一部である自分たちの役割を思い出し、これからの未来にむかって、力を合わせてすすんでいけますように。。。
by kamakuraecolife | 2011-03-31 01:09 | 東日本大震災
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