稲刈り  家族が繋がる、ということ。

本日のオーガニックアイテム

オーガニックコットン混キャミソール
オーガニックコットンカーディガン


先週、実家の稲刈りを手伝いに九州へ家族で帰省しました。

家族3人そろって行動することがものすご~く少ない我が家。

主人のヨーロッパの実家への里帰りすら、往復の飛行機別々だったり、途中から別行動するくらいなので・・・

行きだけだったのですが、同じ飛行機で同じ目的地に飛ぶなんて!
なんだかそれだけですごく特別なイベントに感じてしまいました。

久しぶりの家族旅行!
目的は実家の稲刈りだけど・・・


今回の帰省は急遽決定。
主人も私も予定を無理やり変更しての里帰り。

前に口約束だけはしていたのだけれど、まさか両親も本気であてにしているとは思っていなかった私。
母からの突然の電話で、「お父さんが、いつ帰ってくるの?って言っているよ」と。

なにもスケジュールを変更してまで帰ることも無いかなぁ、と最初は気が進まなかったのが本音。

でも、祖父母が亡くなって、父と母がお米つくりを続けていたのだけれど、二人ももう若くはないし、いつ辞めるかもわからないような状況。

もしかしたら、この先何度もあることではないかもしれない・・・


私は本当に小さい頃、お遊びで田植えや稲刈りについて行っていたけれど、物心ついてからは全くそういうことには興味なし。
むしろ、そんな現実から目をそむけていたくらいでした。

10代の若者には泥や土にまみれる作業は決して魅力的にはみえなかったし、「実家が農家」というのは、あんまり自慢できることだとは感じていなかったのが正直なところ。

毎年の田植えも、稲刈りも、自分とは関係ないところで行われている、別世界の出来事のように思っていました。


でも、二十歳をすぎ、食べ物のことに興味をもつようになってから、
あ、やっぱり自分の中には農業を続けていたご先祖様の血が流れているんだ・・・
そんな風に感じるられるような気持ちの変化がありました。

人は食べ物でできている。

そんなシンプルなことの大切さがようやく理解できるようになったことで、
家族が田んぼで稲を育てているということが、私にとって、とても意味のあることに変わっていったのです。


そして、それにかかわる沢山の楽しい思い出があったことも、忘れていた記憶から甦ってきたのでした。

わらを束ねて乾かしていた田んぼの中で、転げまわって遊んだこと。

わらの匂いやちくちくとほっぺたに刺さる感覚。

家族みんなで秋空の下食べたお弁当。

なつかしい、田舎の風景の思い出です。


だから、娘にはその田んぼの風景を見せてあげておきたい、と思ったのが帰省を決めた一番の理由。

理屈じゃなく、記憶に残るなにか、
それはすごく大切なことなんじゃないかと。

それは私にとってもそうだったから。



今から10年以上前に、

「土と汗の塾」

という、和歌山にある有機農業の農家に1ヶ月住み込みで農作業をして、子供たちの夏休みの農業体験の手伝いをする、というプログラムに参加したことがありました。

多分、その時が私にとっての初めての農業体験でした。


1ヶ月とはいえ、とにかく、ハードな日々。。。


真夏の太陽の下、にんじん畑に生えた雑草を、えんえんと手で抜く作業とか、

慣れない鍬で土をたがやし、うねをたて、種付けの準備。

毎日、夕方になると腰が痛くて背中をまっすぐにして座れないような状況でした。


他にも、凶暴な雄鶏のとび蹴りをバケツでかわしながら(蹴られるとホントに痛い!)のえさやり。卵集め。

糞とわらの芳香な香りと土ぼこりにまみれての鶏舎の掃除。


正直にいって、ここまで過酷な労働を、どうしてこの農家の人たちは続けていけるのだろうか、と本気で疑問に思ったりも。


でも、そんな作業の日々の中、ちょっとした出来事が、私の気持ちを一変させたのです。

それは、本当に突然起こったことでした。

畑の中で土に向かって汗だくで鍬を振り下ろしていると、突然ふと、涙があふれてきたのです。
なんだか、理屈ではなく、ふつふつと湧き上がってくる感じで。

ご先祖さまが、おじいちゃん、おばあちゃんが、こうやって鍬をふり、汗にまみれ、私たちを養ってくれたんだ、という感謝の気持ちみたいなもの。

なんというか、ありがたい~、という、熱い気持ち。
自分がいかに、家族の愛情をうけていたのか、ということに、今さらながら気づいて愕然としたような。

ばかみたい、自分!と思いながらも、手ぬぐいで涙をぬぐいながら、なんだか、じんわりと幸せな気持ちをかみしめながら、もう、がむしゃらに鍬を振り下ろしました。

それは理屈じゃなく、心と体で「わかった」瞬間、というような感覚でした。


その後、畑で休憩していると、近所のみかん農家のおばあちゃんが通りかかり、一緒にお茶を飲むことに。
しわしわの顔でおばあちゃんが、にこにこしながら言いました。

「わしはのぉ、みんなが笑ってくれていれば、それでいいんじゃ、それだけでいいんじゃ~」っと。

だめだ・・・もう、せっかく涙がとまったのに!
今度はおばあちゃんの言葉に号泣しそうになっちゃいました。。。


なんなんだろう。
この、感動は!

土に向かう、っていうのは、いってみればとっても地味で根気のいる仕事には違いない。
でも、長い人生をそうやって「農」とともに歩んできた人生、というのは、どんなものなんだろう。
私には想像できない。

ここは本当に田舎の山の中。
バスだって通らないし、自販機すら目にしないような場所。

そこに何十年も暮らしてきたおばあちゃんは、「笑顔さえあれば」満足だと。

東京という都会で、洋服や物にまみれて生活していた自分(当時まだアシスタント時代)はいったい、何をやっているんだろう?何をやりたいんだろう?

深夜のスタジオで、雑誌に載せるための靴を100足分並べている私。

銀座の高級宝石店から、何百万円もするジュエリーをリースして、リュックにつめて地下鉄に乗る自分。

私は何を集めているんだろう?誰のために?


まだまだ社会に出たばかりの若造だった私。
なんにもわかっちゃいなかった。仕事のことも、自分のことも。

それでも、ここでの経験は、その後の私の人生に大きな影響を与えました。


自分が農業にかかわるかどうかは別問題として、
やっぱり、人間が生きていく上でとても大切な仕事のひとつであること、
それを自分が身近に感じられるということは、感謝すべきことなんだと、
やっと、大人になって気づくことができた私なのですが。


だから、娘が大人になったとき、記憶の中に家族が揃って田んぼで働いていた、という風景が残っているといいなぁ、という思いが強く沸き起こってきたのです。

自分が食べているお米が、こうやって家族の手によって作られている、という事実を目にすること。

きっと、それは将来きっと彼女にとっての財産になるはずだと。



今回、両親とともに我が家の田んぼで働くのは、私にとってもほとんど初めての経験でした。
(人の農場に手伝いにいくなら、実家を手伝うべきだった!?)

父が腰が痛い痛いといいながらも、男らしく鎌で稲の穂を刈っている後ろ姿。

リーダーとなって指示を出しながら、真剣な顔でトラクターを運転する母の顔。

ぎこちないながらも、みようみまねで作業を手伝う主人の姿。
(日本人じゃないのに、地下足袋異様に似合ってた・・・)

私の後を追いながら、「ママ、がんばれ~」と、土をこねたお団子を差し入れしてくれる娘。

なんだか、「家族」って、こうだったんだなぁ・・・


やっぱり、帰ってきてよかった。

理屈じゃなくって、土と、家族と、繋がっている、という感覚。

 
言葉を沢山かわしたわけじゃないけれど、なんだか久しぶりに家族の時間をすごした、という貴重な体験でした。

きっと、祖父母も、遠いご先祖さまたちも、空の上から私たちの姿をみていてくれていただろうな~と。

すっかり綺麗にかりとられた田んぼを眺めながら、しっかりと、家族の歴史を心に刻みつけました。

来年もまた、家族揃って稲刈りができることを願いつつ。






藁の上にジャンプ!  泥んこになって遊んだ娘。「稲刈りたのしい~」


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by kamakuraecolife | 2009-10-13 22:53 | 日々・・・
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